最終話:特選顧問
馬車の中は静かだった。
窓の外を流れる夜の街並みを、アルノーはぼんやりと眺めていた。左胸の勲章が、揺れるたびにずしりと重い。
白百合慈愛勲章。
返上するつもりだったのに、返上できないまま、さらに積み重なってしまった。
アルノルドさんに「実は私ではなくて」と言うタイミングは、今夜完全に消えた。というか、もうどう言っても謙遜にしか聞こえない厚さになってしまった気がする。
……どうしよう。
「アルノー」
フェリックスが不意に口を開いた。
「はい」
「父上と、話し合ったことがある」
アルノーは窓から視線を戻した。
「お前に、新しい肩書を出すことにした。……モレル伯爵家特選顧問、という」
「……特選顧問って、何ですか」
「お前にぴったりの役職だ」
アルノーは首を傾げた。
「領地に関わることは続けていい。好きに動いていい。ただし、今後はちゃんと報告しろよ」
馬車が石畳の継ぎ目を越えて、ゆっくりと揺れた。
「……居ていいんですか、ここに」
「当たり前だろう」
フェリックスが、呆れたように笑った。
アルノーは少しの間、膝の上に置いた手を見た。今夜一晩中扇を握っていたせいで、指の付け根がうっすら赤くなっている。
特選顧問。
よくわからないけど、悪くない響きだ。
「……ありがとうございます、兄上」
フェリックスは小さく鼻を鳴らして、また目を閉じた。
窓の外では、夜の王都がゆっくりと後ろへ流れていく。
勲章は相変わらず重いし、聖人問題はむしろ今夜で完全にがっちり固定されてしまったし、肩書は今もよくわからないが、やることは山積みだ。
でもまあ、まずはトフィー料理店のためのメニュー案と、仕入れルートを考えるのが最優先かな。
アルノーは窓ガラスに薄く映る自分の胸元の勲章を掌で覆い、そのままゆっくりと目を閉じた。
* * *
【ジュリアン・ド・ルルーよりド・シャンブル侯爵閣下へ、謹んで申し上げます】
本日、調査官殿は「春の豊穣と安寧を祝う王室晩餐会」に出席され、正式に成人のお披露目を果たされました。
入場、挨拶、開幕ダンスは滞りなく執り行われました。
表彰の際、調査官殿は読み上げの最中、一度だけ半歩前に出られ、その後引き戻されました。理由は確認しておりません。
表彰後、外国人学者より感謝の言葉を受けられた際、調査官殿は扇を開かれました。
晩餐会終了後、調査官殿は馬車に乗り込まれる前に「惜しみない助力とは何か」と私に確認されました。
私にはわかりかねましたので、そのようにお答えしました。
なお、調査官殿は、モレル領の農地の一角をトフィー畑にするべく買い取られたようです。
調査官殿とはいったい何者なのか、私にはもはやわかりません。
謹言。
最終話です。ここまでお読みいただき、ありがとうございました!




