人生のクレッシェンド
晩餐の前、王太子殿下による表彰の時間が設けられた。
アルノーは会場のやや後方、人の壁の少し手前に立っていた。ここなら前も見えるし、必要があれば動ける。
最初に呼ばれたのは、ユーグだった。
侍従が厳かに巻物を広げ、朗々とその名を告げる。
「——バルテルミの嫡子、ユーグ」
その瞬間、会場の温度がわずかに下がったような気がした。
多くの貴族にとって「バルテルミ」とは、罪人の魂を断つ、触れてはならない職能の名前だ。
ユーグは動じた様子もなく、すたすたと前へ歩いた。その立ち居振る舞いはどこまでも落ち着いていて、普段と何も変わらない。執行人の家に生まれ、石を投げられることにも慣れてきた人間は、こういう場でも揺れないのかもしれなかった。
読み上げられたのは、浄化槽の技術確立と、その王都への普及という、文明的な衛生技術の功績だった。
うんうん、とアルノーは心の中で頷く。それは本当にそうだ。あの多段式の装置を目の当たりにした時の衝撃は、今でも覚えている。水があんなに透き通るなんて、と思った。
王都のにおいもいつか軽減できるといい。
ユーグが礼を受けて戻ってくる際、少しだけアルノーの方を見た。目で何かを言っている気がしたが、読み切れない。
次に呼ばれたのはアルノルドだ。
侍従が巻物を改める。
「次に、アルノルド・フォン・ロイテンベルク殿」
アルノルドは、異様な緊張感を漂わせて前へ出た。
読み上げられるのは、公衆衛生への貢献と、王国とオストライヒの知の共有における多大な功績だ。
「……おお、これぞ人生のクレッシェンド!」
アルノルドが彼にしては小声で、しかし実際には結構響く声で呟くのが聞こえた。
彼は戻ってくるなり、アルノーの肩を掴まんばかりの勢いで寄ってきた。
「アルノー様! 聞きましたか! 私の家門は今、どん底のピアニッシモから、ついに輝かしいフォルテシモへと転調を始めたのです! 全ては、貴殿という指揮者が私を導いてくれたおかげだ!」
「あ、はい。……おめでとうございます」
引き気味に返しながら、よかった、とアルノーは思った。本当によかった。
これでこの方に、正式に聖人の名を渡せる。
胸の内で、計画の最終確認をする。
アルノルドの表彰が終わったあと、殿下への挨拶の流れを使って——……
だが、次の瞬間、アルノーの世界から音が消えた。
「次に、アルノー・ド・クレマン男爵」
アルノーの思考が、止まった。




