表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
31/35

令嬢の包囲網

 ダンスもどうにかこなした。

 リュシー嬢が意味深なことを言っていたが、自分にわからないことがあるのは今更だから、気にしないことにする。

 それよりも、やらなければならないミッションは三つだ。


 一、挨拶回りをそつなくこなす。

 二、アルノルドの位置を確認する。

 三、表彰が終わったあとに動けるよう、出口に近い位置を確保しておく。


 アルノーは扇を開き、会場を一度見渡した。

 まず、ジュリアンの位置。きらきらしてるからすぐわかった。壁際、右奥。いつものように、背筋を伸ばして立っている。

 次に目に入ったのは父の姿。グランヴァル辺境伯と一緒に歓談している。

 ユーグの位置。……中央よりやや左。表彰される側だからか、それなりに目立つ場所に案内されていた。ドレスコードを完璧に守ってはいるが、他の貴族とはどこか空気が違う。気づいている人間は少なくないだろう。ユーグ本人はそれを意に介していないようだった。

 アルノルドの位置。

 ここでアルノーは、思わず目を瞠った。

 アルノルドは、部屋の隅で、エレーヌ夫人と向かい合っていたのだ。

 二人の距離はさほど近くなく、ごく礼儀的な距離だ。だが二人の輪郭やグラスの持ち方に、何か共通点を見た気がした。

 だが、今はそれどころではない。今日のメインイベントは別のことだ。

 扇を閉じ、次に目指すべき背中を探した。

 まず挨拶すべきはシャンブル侯爵である。アルノーの男爵位の元々の持ち主でもあり、この状況に至るまでの大元を作った恐怖の根源であるが、モレル伯爵家の本家であり、その影響は到底無視できるものではなかった。

 会場を見渡したその時、人混みが割れた。

「ド・クレマン男爵。ご壮健そうで何よりだ」

 現れたのは、髪を完璧に整え、瞳に冷徹な理知を湛えたシャンブル侯爵その人だった。アルノーの背筋に、冷たいものが走る。

「侯爵閣下。お変わりなく……」

 侯爵が、少し愉しげな目でアルノーを見た。

「せいぜい役に立ってもらおう、と思っていたが……期待以上だ」

「光栄です」

 当たり障りのない返事をして礼をするアルノーの姿に目を細め、人の波に消えて行った侯爵の背を見送り、アルノーは安堵で深く息を吐いた。


 その後も、挨拶回りはアルノーにとって苦行以外の何物でもなかった。

「ド・クレマン男爵、お会いできて光栄ですわ!」

「まあ、その伏せられた睫毛の美しいこと。……やはり日々、祈りを捧げていらっしゃるからかしら?」

 令嬢たちの包囲網が、アルノーの行く手を阻む。彼女たちの瞳は、まるで珍しい宝石を見るかのようにキラキラと輝き、同時に肉食獣のような鋭さを秘めていた。

 ……近い。扇から漏れる香水の匂いがすごい……!

 アルノーは微笑みを貼り付けたまま、無意識に一歩、後退した。

「……皆様、過分なお言葉、恐縮です。私はただ、なすべきことをしているに過ぎません」

 なすべきことってなんだよ、とは自分でも思うが、どう躱したらいいのかわからない。

 必死で表情筋を総動員しながら会釈する。

 どうやらその態度は、令嬢たちと適切な距離を保ち、浮ついた心を見せない高潔な態度に見えたようで、周囲の夫人たちからは感嘆の溜息が聞こえた。

「ご覧なさいな。あの方、誘惑を撥ねのけるのではなく、そもそも意識のなかに欲が存在していないようですわ」

「まさに現世に降り立った、生ける聖画ですわね……」

 その誉め言葉、俺が聖人の立場を返上した後でも保てるか、見ものだな!

 アルノーは疲れて働かない頭で、謎の啖呵を切る。

 ほうほうの体で令嬢たちの輪を抜け出すと、壁際で死んだ魚のような目をしているジュリアンと視線が合った。

 視線で助けを求めたが、そっと逸らされる。

 喉元まで出かかった「助けて」という言葉を飲み込むために、アルノーは本日何度目かわからない扇の開閉を行った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ