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これが本題だ

 ハサミというのは、切れるから意味がある。

 当たり前のことだと思っていたが、本当に切れるハサミというのを手にしたのは、今日がはじめてだった。

 フォンデュ鋼のハサミが三種、各二本ある。芯切り用と、布裁ち用と、紙用。青く色を付ける際、色の深さや場所のテストをしたとのことで、三種それぞれに、全体が青いもの、持つ部分だけに色がついたものがあり、計六本だ。

 これは売れる。絶対に欲しい人がいるだろう。綺麗だし、実用性も抜群だ。ハサミ革命だ。

 問題は、作る側だ。

 アルノーは、痛いのも怖いのも嫌だったが、辛いのも大変に嫌だった。

 あのにおいと熱気の中で自分が働かされるとしたら、一種の拷問に近いとさえ思うだろう。

 どこかで職人を募集しなければならないが、交代制で、休みがしっかり約束された環境。もちろん見合うだけの給金。募集の際にも、過酷な環境であることは念押ししておいた方がいいだろう。アルノーならそれでもギリギリ働きたくない。

 その「どこか」にも心当たりがあった。ヤン――王都で何でも屋の代表をしているヤン・ヴァランタンに声をかければ、貧民街で燻っている腕に覚えのある人を紹介してもらえるかもしれない。

 それと、いい仕事をする人が増えるなら、住むところも必要になる。建物を建てる知識がある人もいたほうがいいな。

 ちょうど明日、王都に行く用がある。宮廷に務める父の下宿の主人、エレーヌ夫人に礼儀作法をや言語などを教えてもらう日なのだ。手配も滞在中にできるだろう。

 アルノーは馬に揺られながら、頭の中でそんな算段を立てていた。

 この忙しさ、そして前準備への抜かりなさ。

 ……出来る家令っぽい。

 ご満悦になりながら館に戻ったアルノーが、ハサミが包まれた布をジルに預け、まず向かったのはフェリックスの部屋だ。


   * * *


「兄上、仕事中に失礼します。どうしても早く見てもらいたいものがあって!」

 返事を待たずにドアを開けると、フェリックスは執務机で書きものをしていた。

「また……、今度は何だ?」

 フェリックスは顔をあげ、小型の円卓をフェリックスの横に寄せるアルノーを怪訝そうに眺めた。

 アルノーが目線で指示すると、ジルがどこからか用意してきたらしい、革のトレイに載せた例の包みを円卓に置く。部屋の入口に待機したジュリアンが肩で息をしているのが視界の端に映ったので、ジルの指示で彼が奔走して用意したのかもしれない。

 さすが俺の護衛だ。ナイス連携。

 心の中で賞賛を送りつつ、アルノーはフェリックスに向き合う。

「見てください、できましたよ」

「何が」

「ハサミです。ガスパールさんに作ってもらってたやつ」

 布を静かに広げると、刃の表面が窓からの光を受けてきらりと光る。

 フェリックスのペンを持つ手が止まり、ハサミを凝視したままゆっくり立ちあがった。

「……これ」

「綺麗でしょう。フォンデュ鋼っていう名前にしたんです」

 フェリックスの顔がみるみる変わっていくのにも気が付かないアルノーは、ハサミの持ち手をフェリックスに向けて並べた。

「切れ味最高なんですよ。兄上にも使ってみてほしくて」

「あ、うん」

 手を伸ばそうとして一旦止め、一瞬窓の外を見やったフェリックスは、大きく息を吐いた。

 そしてようやく覚悟を決めたような表情で改めてハサミを受け取ると、屑籠から丸めた書類を取り出して刃を通し、再び動きを止める。

 そのあと、切るわけでもなく何度か軽く動かし、手のなかでしばらくハサミを眺めていた。

「……これ、父上はご存知か」

「いえ。今引き取ってきたばかりですから」

「そうか」

 フェリックスがハサミをそっと机に置く。

「これ、売り出そうと思ってるんです」

 アルノーは身を乗り出した。

「こんなに切れるなら、喉から手が出るほど欲しがる人がいるはずです。普通の刃物より高値でも売れますよ! それで、これを作る職人も増やしたいんです。モレル領の人口も増やせますし……」

「うん」

「ちょうど明日、王都に行く予定でしたので、ヤンさんに心当たりがないか聞いてきます。建物を建てられる人も一緒に!」

「……うん」

 フェリックスは返事をしながら、アルノーではなくハサミを見ていた。

 兄の様子がおかしいぞ、とアルノーはようやく察した。

「兄上、顔色悪いですよ」

「……お前、これを」

 フェリックスがやっとアルノーを見た。

「これをどこか余所に、父上に判断を仰ぐ前に売ったりするなよ」

「だめですか? いい商品だと思うんですけど」

「そうだな、いい商品だな」

「でしょう!」

「だから、待て」

 フェリックスがゆっくりと息を吐いた。

「父上に持っていけ。まずそれだけしろ。売るのは父上の判断を仰いで、それからだ」

 腑に落ちなかったが、フェリックスが強く言うときは、アルノーにわからない何かが見えている時だ。アルノーは兄を信頼しているので、そういう時は従うことにしている。

 それに、時期が少しずれたくらいではこのハサミの価値は揺らがない。そのくらい、自信があった。

「……わかりました。王都に行くついでに」

「いや、そのついでじゃなくて、それが本題だ。覚えとけ」

「はい」

「お前が本題と思ってることは全部ついでだ。本題は父上に持っていくこと。わかったか」

「はい」

「よし」

 フェリックスがようやく椅子に戻った。それから机の上のハサミをもう一度見て、小さく、なんとも言えない声を出した。

 アルノーには、その声の意味が読めなかった。

 呆れているのか、感心しているのか。あるいはその両方か。

「……ジュリアンも大変だな」

「え? 何がですか?」

「いや」

 フェリックスは首を振った。

「なんでもない。気をつけて行ってこい」

「はい!」

 明日は忙しくなるだろうな、と思うとそれすらアルノーには楽しみに思えるのだった。

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