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聖人の称号を返しに行ったら、なぜかもう一枚積まれた件  作者: けものへんにまし
第二章 「仕事じゃないけど人生がかかってる」
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流行ってるのかな(ジュリアン視点)

 コンコン、と規則正しいノックを二回。

「……アルノー様。商人ヤン殿が先触れもなくお見えです。現在、ポーチにてお待ちいただいております」

 ジュリアンはドアを拳一つ分だけ開け、落ち着いた声で告げた。

「えっ? なんで?」

 アルノー様の驚いたような声が返ってくる。さもあらん。ジュリアンも内心で激しく同意する。

「ヤンさんなら、すぐに俺が向かうよ。ジル、兄上に馬を三頭借りる許可をいただいてきて。そのあと、先行してあの家の鍵と、ガスパールさんにも連絡を。忙しくて悪いけど」

「承知しました」

 ジュリアンに目配せを送ると、ジルは素早く去っていく。

 部屋の中であわただしくばたばたと音をさせながら、素早く指示を出したアルノー様が部屋から出てきた。

「一昨日のユーグさんといい、何なんだろう。王都ではそういうの流行ってるのかな……」

 それを聞いて思わず口角を上げそうになりながら、扉を閉めようとしたジュリアンの手が一瞬止まる。

 隙間から目に入ったのは、室内に散らばった衣類と、大きな革の鞄だったと思う。

 先日のアルノー様の発言が脳裏をよぎったが、ジュリアンは先に廊下を進む主の背を追うことを優先することにした。


   * * *


 ポーチで落ち着かない様子でいたヤンを見るなり、アルノー様は自分から声をかけた。

「ヤンさん、お待たせしました。こんなに早く来ると思ってなかったので、びっくりしましたよ」

 ヤンはその声を聞くなり、弾かれたようにく深く頭を下げた。

「突然の訪問、誠に申し訳ございません。それが、その……緊急事態でして」

 先日会ったときは、やり手の商人らしくてきぱきとしていた男が、今日は縮こまっている。

 原因に思い当たることがあるジュリアンは、内心でヤンに同情した。

「ユーグさんのことですね。どうぞ、頭を上げて」

 アルノー様が穏やかに声をかけたことでようやく顔を上げたヤンの顔は、絶望に染まっていた。

「その様子ですと……手遅れでしたか……」

「一昨日来ました。朝いちばんに王都を発ったようですね。今はこの邸に滞在してもらってます」

「暴走したと聞いて、慌てて予定を繰り上げて追いかけてきたんですが……ご迷惑をおかけしました」

「ヤンさんの監督責任下にある方ではないでしょうに。大丈夫、ああいう方だともうわかりましたから」

 疲労の影を隠せないままに小さくなっているヤンに、アルノー様は言葉を返した。

「それで、今日はそれだけですか?」

「いいえ。職人たちも連れてきています。門の外に待たせていますので、ご紹介しても?」

「ええ、もちろんです。……ただ、彼らもお疲れでしょうし、立ち話もなんですから。街に用意した宿舎へ向かいながらお話ししましょうか」

 言いながら移動したアルノー様は、用意されていた馬の手綱を受け取って、自然な動作で跨った。


   * * *


 門の外には、大型の幌馬車が停まっていた。傍らには、いかにも職人といった風貌の男たちが五人。

 ヤンが一人ずつ紹介を始めると、アルノー様は馬の上からではあったが、一人ひとりの目を見て丁寧に会釈を返した。

「遠いところをありがとうございます。皆さんのような専門家を迎えられて心強いです。詳しい案内はあとでにしましょう。まずは滞在していただく建物にご案内しますね」

「私より、担当者の方が詳しいので」と笑うアルノー様に、緊張していた職人たちの表情が少しだけ和らぐ。

 ヤンが御者台に収まり、馬車がゆっくりと動き出した。アルノー様は御者台の横に馬を寄せた。

「このまま隊商での旅に出られるんですよね?期間はどのくらいになるんですか」

「行きと帰りで、一月半から二月といったところでしょうか。国境近くまで行く予定です。早ければ明日にでも発つ予定ですよ」

「ふうん」

 アルノー様はそれ以上何も言わなかったが、物珍しそうに長い旅のために積まれた荷物を眺めていた。


   * * *


 夜、ジュリアンは自室で手帳を開いた。

 蝋燭の火が、わずかに開けた窓から入る夜風に揺れている。

「……今日は、これといって書くこともないな」

 独り言ちて、羽ペンを走らせる。

 隊商到着。職人五名、街の空き家へ案内。

 アルノー様は今日も穏やかだった。

 多少、ヤン殿の馬車の汚れを熱心に観察していた気もする。

 そこまで考えたジュリアンの目に、部屋の隅に置いた袋が映る。ガスパールの工房から帰ってきてから、念のためにとジルと作った、いつでも旅に出られる道具を詰めた袋だった。

 ……本当に、必要になる日が来るのだろうか。


『特に、変わったことはなかった』

 そう一筆書き添えて、手帳を閉じる。


 明日も、今日のような平穏が続くことを願って。

 ジュリアンは、消えかかった蝋燭の芯をじっと見つめ、静かに溜息をついてから明かりを消した。

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