知りたいけれど、知りたくない
任務が本格的にスタートしても、クラスメイトの人数に変化はなかった。
やはり三年にもなるとそう簡単に任務でヘマをしないし、命を落とす人は二年の頃よりは少なくなる。けれど、それと引き換えのように「ヤバい」生徒が現れたことを記しておかなければなるまい。
その正体は、内灘という斜め前の席の男子生徒だ。二年のときも同じクラスだったからどんな人間かは知っている。快活を絵にかいたような少年で、クラスではシキトの次くらいに女子から人気があったんじゃないかと思う。接点はあまりなかったものの、おれにも優しかったっけ。
そんなルックスよし性格よしの彼が、五月の頭くらいから「腐臭」を発するようになった。「腐臭」というのは本当の臭いではなく、彼が発するオーラのようなものだと思って欲しい。かつて光り輝いていた十七歳の少年が見せる、饐えた表情、倦んだ眼差し。それはゾッとさせられるものだ。
もちろんそれを感じ取ったのはおれだけではなかったようで、すぐに彼と周りの間には壁ができ始めた。それは異質なモノから自分を守るための防御本能が為せる業だったのかもしれない。結果、かつて人気者だった彼はクラスで孤立し始めた。爽やかで清潔感のあったルックスにも陰りがさし、少し前と比べるとほとんど一緒だけれど何かが違う、という感じ。内灘という入れ物に全くの別の何かを入れて栓をしたように思えるほど、髪や肌からツヤがなくなった。
「あいつ、おかしくね?」
「なんか目つきが変」
「病んでたらしいよ。任務が怖いってそればっかり言ってたらしい」
「同じチームの奴が使い物にならないって困ってる。でも、担当教師に言うのもチクったみたいで嫌だって」
彼を噂する声はおれの耳にもたびたび入った。彼らは我関せずという態度を装いつつも、内灘の行く末に興味を持っているようだった。怖いもの見たさ、というやつか。好奇心とはなんて残酷なのだろう。
けれどおれの心の中にも、きっとその気持ちはあると思う。かつて眩しい存在だった内灘の転落劇。彼はどうなってしまうんだろう。一日の始まりにヨロヨロと教室に入ってくる内灘を視界に入れると、同情のような、恐怖のような、愉悦のような、何ともいえない感情が胸に広がり、それがため息となる。彼の姿を目で追っている自分に気づくこともしばしばだった。
昨日の夜、テスト勉強の合間にシキトに内灘のことを話すと、彼はあっさり「それはもうダメだな」と呟いた。仲のいい友達にはどこまでも慈悲深い彼だけれど、そうでない人間には冷淡だ。二人の机はきっちり隣り合わせに並べているから、シキトが代数・幾何に手を焼いている様がプリントと端正な横顔から読み取れた。こういうふとした瞬間に、シキトは本当に綺麗な顔をしているなと感心する。本人に伝えたらどんな反応をされるか分からないから言いはしないけど。
「でも、先生の前ではまだまともに振る舞ってる。大人にばれたらろくなことにならないってことは本人にも分かってるみたい」
「理性が働くのもあと少しだろ」
「卒業までこのままの状態を維持するかもしれないよ」
「例えそうだとしても、任務ができない奴は、同じチームのメンバーにとっては迷惑だろう。そいつらが耐えられなくなる」
「そうなったら先生に言うのかな。その後はどうなるんだろう」
「さあね」
「なんだかやりきれない話だね」
「そうか? 遅いか早いかの違い。内灘はたまたま早かっただけの話」
おれは自分から話を振っておきながらも、もうこの話題を続けたくなかった。曖昧に頷いてマグカップに入れたコーヒーに口をつける。シキトもそれ以上何も言わずに黙った。内灘はどうなってしまうのだろう。知りたいけれど、知りたくない。そんな相反する気持ちを吐き出すため、おれはこっそりとため息を漏らした。直後にシキトが大きく息を吐いたけど、それが同級生を案じているのではないことは、ペンを弄ぶ指先が雄弁に物語っていた。




