第7話 絆
すでに家に戻っていたアートは、鏡の前でチュニックの襟を整えていた。
深く息を吸う。いつもより上品な装いだった。首元までボタンを留めた、濃い色の長袖の麻のシャツに、控えめな金の刺繍が施された紺のベスト。肩には同じ色の軽いマントが優雅に垂れ、銀の留め金で留められていた。体に合った、きちんと折り目のついたズボンが全体を引き締め、大切な訪問にふさわしい装いになっていた。
病院への見舞いは、つらいけれど、それでも欠かせない習慣だった。彼は強く見せたかった。母が自分の中に、希望の姿を見てくれるように。だが心の奥では、病に冒された母を見るのが彼を蝕んでいた。会うたびに、それが最後になるかもしれないとでもいうように。
扉の開く音が、彼を現実へ引き戻した。
父、ギデオン・ハマーが帰ってきたのだ。彼が確かな足取りで家の中へ進むと、その存在とともに周囲の空気が変わった。ランプの炎がわずかに揺らめいた。まるで敬意を表して身を屈めるかのように。
金糸を織り込んだ濃紺のチュニックは、彼の権威と、その肩に背負う称号の証だった。《王宮魔法使い》――オーロラ王の身辺を守る魔法使いであり、王国で最も重要な役職の一つ。手入れの行き届いた髭と鋭い眼差しも、疲れを隠しきれてはいなかった。ギデオンは、声を張り上げずとも人を従わせることができた。その存在だけで、すでに命令だった。
「準備はできたか?」
息子の部屋に近づきながら、彼は尋ねた。低いが、穏やかな声だった。
「このチュニックを着替えたら、出かけよう」
アートは頷いた。袖を軽く引き、残った細部を整えた。襟はまっすぐに、ボタンはちょうどいい位置まで留めて。
数分後、ギデオンは居間で息子と合流した。もう魔法使いの制服は着ていなかった。いつものチュニックを思わせる濃紺の、厚手の生地のロングコートをまとい、ボタンと縫い目には控えめな金の装飾が施されていた。その下には、きちんと整った黒いハイカラーのシャツと、がっしりした体つきに合ったダークグレーのベスト。仕立ての良い黒いズボンは無駄なしわ一つなく完璧に落ち、磨き上げられた革のブーツが装いを締めくくっていた。
普段着であっても、彼の存在はなお周囲に影響を及ぼしていた。長い黒髪は落ち着くのをためらうかのように、かすかに、目に見えないほど漂っていた。濃密なエネルギーが、その周りに漂っていた。
彼は横目で、出発の準備ができたことを示した。
◇
父と息子がオーロラの通りへ出たとき、夜が街に降り注いでいた。
魔法の街灯の揺らめく光が、石畳に柔らかな輝きを与えていた。空気には、湿った草木のかすかな香りと、王国の中心にある《商業区》に点在するレストランや酒場で出される料理の匂いが漂っていた。
その大部分は《貴族区》に近く、古い石で舗装された狭い通りが入り組んでいた。通りの両側には石と木の建物が並び、その店先には色とりどりの布から陶器、鍛えた金属の道具までが並んでいた。
商人たちの屋台が通りに沿って並び、そのランタンが、新鮮な果物や香辛料、手作りのルーンの装飾品の上で揺らめいていた。中心にある大広場には、彫刻の施された大きな石の噴水があり、市民たちが集まっては、にぎやかに語らい、ひそやかに取引をしていた。
「ドームは永遠なり! 王の御意志は永遠なり!」
街角で、一人の女の説教師が、熱心な聴衆に囲まれて叫んでいた。
「アルドリック王が息をしている限り、オーロラは決して滅びない!」
アートが父を見ると、父はその光景を面白がって、口の端に笑みを浮かべていた。
さらに先では、路地に職人たちの小さな工房が隠れていて、金属のかすかな響きが、穏やかなリズムで反響していた。
病院は《商業区》の中心の近くにあった。そこは建物がいっそう堂々としたものになり、衛兵や治癒師の往来が増える場所だった。二人が着くと、装飾の施された高い門が、何の抵抗もなく開いた。
それは《白曜石》で造られた建物で、魔法を宿した技術仕掛けのステンドグラスが柔らかな色を映し、滑らかな石の床に模様を落としていた。癒やしの薬草の、紛れもない香りが漂っていた。最初に二人に気づいたのは、看護師たちだった。ギデオンが入口をくぐるやいなや、かすかな静けさが広がった。彼の存在は、どんな紹介よりも先に届いていた。
年配の、経験豊かな顔つきの医師の一人が目を上げ、すぐに軽く頭を下げた。
「ハマー様、奥様がもう、遅いと文句を言っておられましたよ! へへっ!」
しゃがれた声だった。
ギデオンは珍しく笑みを浮かべ、先へ進んだ。それ以上の言葉は必要なく、二人の前に道が開かれた。
開いた窓から差し込む、明るい月の柔らかな光に照らされた病室で、マリアンが穏やかな笑みを浮かべて二人を待っていた。長い黒髪は丁寧に梳かされ、青い瞳は優しさに輝いていた。ダイアナはすでにそこにいて、ベッドのそばに座り、二人目の母の手を握っていた。若い《アーチャー》は、たとえ一時的でも、自分がそばにいることが薬になればと願っていた。
「遅刻よ」
マリアンは、からかうような目をアートに向けて言った。
「賭けてもいいわ。誰かに見せたくて、身支度に時間をかけすぎたんでしょう」
彼は鼻を鳴らし、ばつが悪そうに顔を背けた。ダイアナは口の端に笑みを浮かべただけで、そのからかいを楽しんでいた。
会話は軽やかに続いた。まるで一瞬だけ、病が目覚めたあとの悪夢にすぎないかのように。マリアンは助言や思い出話、ちょっとした冗談を織り交ぜながら、その場を温かく保とうとしていた。
「それで、あなたは、ギデオン?」
彼女は眉を上げ、夫を見た。
「相変わらず、あちこちで人を怖がらせているの?」
ギデオンはため息をついたが、口元に笑みの影が浮かんだ。
「私が恐ろしいのだとすれば、それはある種の体面を保たねばならないからだ」
そう答え、彼女の隣に座るために椅子を引いた。
穏やかな口調とは裏腹に、彼の注意深い視線は、ベッドの脇に並ぶ薬瓶をたどっていた。その一つを手に取り、自分が何を見ているのかを正確に理解している者の精密さで、中身を確かめた。
「私が持ってきたものは、飲んだか?」
彼は尋ねた。その声は、いつもより穏やかに響いた。
「ええ、あなた」
マリアンは彼の手に触れ、軽く握った。
「お医者様が出すものより、あなたが選んだもののほうを信じているのは、わかってるわ」
彼は頷いたが、完全に納得したわけではなかった。
ほどなくして扉が開き、一人の女医が病室に入ってきた。病院の職員に特有の制服を着ていた。丈夫な生地の青灰色の白衣に銀のボタン、胸元には病院の記章が刺繍されている。月桂樹の葉が絡みついた杖を描いた円形の紋章で、癒やしと献身を象徴していた。袖は肘までまくり上げられ、下に着た白いシャツの袖口がのぞいていた。腰を締める簡素なベルトが、日々の動きやすさを保っていた。
しかし、彼女の物腰には、その場の調和からまったく外れた何かがあった。動きは細心の注意を払って抑えられ、患者たちを、普通と言える以上に見つめていた。
「お薬の時間です、マリアン様」
彼女はそう言って、輝く薔薇色の液体で注射器を準備した。
ギデオンはその一挙一動を注意深く見ていた。アートは、理由もなく背筋を這い上がるような、かすかな不快感を覚えた。女医は笑顔を浮かべたまま、手際よく処置を終えた。そして終わると、立ち去る前に、その目がギデオンにほんの一秒長く留まった。
「おい! ちょっと待て!」
経験豊かな魔法使いが命じた。
女医は扉の前で立ち止まった。皆に背を向けたままだった。
「こちらを向け!」
彼は再び命じた。
「ギデオン! 何を考えているの? どうしてジェーン先生にそんな口をきくの? ここに来て、好き勝手に兵士の真似ができるとでも思ってるの? 私は自分の家族よりも、この人と過ごす時間のほうが長いのよ。敬意を持って接して、お願いだから!」
「すまない、愛しい人!……仕事のせいで、必要以上に気が張っていたようだ」
彼の気分は沈んだ。
「失礼した……ジェーン先生」
「ほら、あなたのせいで、こんなに震えちゃって。かわいそうに!」
マリアンが、再び振り向いた女医へ両腕を伸ばしながら付け加えた。
女医はただ頷いた。謝罪を受け入れるように優しい笑みを無理に作り、一言も発さずに出ていった。
「そんな……つもりではなかった」
彼は言った。
「ふぅぅ!」
マリアンはため息をついた。
「謝らなくていいのよ……簡単なことじゃないって、わかってるから、あなた!」
「母さん!」
アートが割って入った。
「俺とダイアナ、《ヴァンガード》に昇格したんだ」
「え!? 本当?」
ダイアナが驚いた。
「それをダイアナに隠しておいて、今言うために取っておいたの?」
マリアンは微笑んだ。
「二人とも誇りに思うわ!」
「じゃあ……私……」
若い《アーチャー》の金色の瞳には喜びがあふれ、輝いていた。
「あなたは、夢の実現にどんどん近づいてるのよ! 未来の《アーチャー部隊》のリーダー……あなたのお母さんも誇りに思うわ。ううん、きっと誇りに思ってる」
アートは友人のことを喜んでいたが、その表情には、ある不満が隠れていた。母はすぐにそれに気づいた。
「アート! あなたの夢は叶うわよ!」
若い《ストライカー》は目を見開いた。彼女が何のことを言っているのか、彼にははっきりとわかっていた。ドームの向こうへ行くという夢。外の世界を知るという夢。
「ふぁぁぁ……」
マリアンはあくびをした。
「今日はもう帰ったほうがいいな。疲れただろう」
ギデオンが言った。
「ええ……この薬のあとは、いつもすぐ眠くなっちゃうの」
別れの時が来た。マリアンは愛おしそうにダイアナの頬に触れ、夫に口づけをした――離れるまでに、ほんの少し長くかかった。それから、アートの頬にキスをしようと彼を引き寄せた。彼は優しい仕草を期待して近づいたが、最後の瞬間、彼女はささやいた。
「それと、ダイアナを待たせるのはやめなさい」
彼の顔が赤く染まった。アートは少し身を引き、何か反応しようとした。マリアンはいたずらっぽく微笑んだだけで、からかいに満足していた。だが、冗談は終わったと彼が思ったとき、彼女は再び彼を呼んだ。
「アート……」
その声には、いつもと違う重みがあった。名前の呼び方の何かが、彼の姿勢をこわばらせた。
「ドーム……ルーン……何かが……あってはならない……攻撃……《アーティファクト》……」
彼女は息を切らしながら言った。
彼は深く息を吸った。またこれだ。母のうわごと。
最後の抱擁を交わし、彼らは病院を出た。夜の涼しい空気は、病室のこもった空気とは対照的だったが、別れの重みはまだ彼らの上に漂っていた。アートは両手をポケットに入れ、母の言葉に思いを巡らせながら、黙って歩いていた。
いつも気の利くダイアナが、彼の腕を軽く押した。
「あの人は大丈夫」
穏やかな口調で彼女は言った。
「あなたもね」
彼はため息をつき、横目で友人を見た。
「わかってる……」
彼はつぶやいた。その表情は、心配を隠せていなかった。
「ただ……あの薬のあと、母さんはいつも意味のわからないことを言うから……それに……」
「私たちは、できる限りのことをしている」
父が会話に加わった。
「約束する。彼女が治るまで、私は休まない」
ギデオンは数歩前を歩いていた。背筋を伸ばし、遠くを見つめるような目をしていた。めったに感情を表に出さない男だったが、その夜の彼の表情には、いつもと違う心配の色があった。
ダイアナはそれに気づき、信頼を改めて示すには今がいいと思った。自分も含めて、皆の気持ちを少しでも明るくしたかった。
「わかってます、ギデオンさん。きっと治す方法があるはずです……父も、そのために研究していて、必ず治療法を見つけるって言ってました。魔法や今の薬が効かなくても、きっと方法を見つけてくれます。マリアンおばさんは、母がいなくなってから、ずっと私の面倒を見てくれたんです……」
ダイアナは一瞬ためらった。目に、かすかに涙が浮かんでいた。
悲しげな友人を見て、アートは急いで慰めようと、その肩に腕を回した。
病院の門をくぐると、ギデオンは一瞬立ち止まり、深く息を吸った。
「お前のおじいさんがよく言っていた。誰かを敬う一番の方法は、その人がまだここにいるうちに、笑顔を向けることだと」
思い出の中に慰めと希望を見つけようとしながら、彼は言った。
「だから、そうしよう。どこかで夕食でもどうだ?」
ダイアナは小さく微笑み、アートの反応を待つように彼を見た。彼は、結局頷いた。
「あ! 忘れるところだった。俺たちを大歓迎してくれる場所を知ってる」
「あの人の誘いを受けるの? でも料理がまずかったら、あなたのせいだからね」
空気を和らげようと、彼女は冗談めかして言った。
オーロラの通りを進むうちに、緊張は少しずつほどけていった。街灯が石畳と《商業区》に柔らかな影を落としていた。この時間になっても、そこにはまだ生活のリズムがあった。遅い客たちの話し声と酒場の音楽が、三人をレストランまで連れていった。
店構えは簡素だが温かみがあり、濃い色の木の庇の下にランタンが吊るされていた。鍛鉄の看板には、店の名前――《味わいの庭》――が掲げられ、蝋燭の温かな光に照らされていた。窓越しに、埋まったテーブルが見え、グラスや皿の触れ合う音が、にぎやかな話し声とともに響いていた。
扉をくぐると、すぐに肉の香ばしい匂いと新鮮なハーブの豊かな香りに包まれた。店内の暖かさは夜の冷たい風とは対照的で、客たちのざわめきが、どこか親しみのある雰囲気をもたらしていた。
《アーチャー部隊》のリーダーであり、アートとダイアナの直近の任務を率いたカエラが、最初に彼らに気づき、満面の笑みを浮かべた。
「やっと来たか! 今日は食べるのを諦めたのかと思い始めていたぞ」
その隣では、彼女の夫が布で手を拭きながら、いつものもてなしの心で彼らを迎える準備をしていた。
しかし、カエラは見違えるようだった。以前は金属の輪で飾られていた短い黒髪は下ろされ、自然に肩にかかっていた。その絹のような艶は、かつての鍛え抜かれた戦士の姿とは対照的だった。戦いの重圧の下で刃のように光っていた深緑の瞳は、今は計算された落ち着きをたたえて輝いていた。ほとんど危険なほどに。
彼女はエメラルド色のベルベットのロングドレスを着ていた。細い金のベルトで腰を締め、すらりとした体つきを際立たせている。以前は鎧の板に覆われていた肩は、控えめな襟ぐりからのぞき、繊細なレースの袖が腕を包んでいた。傷跡の刻まれた、あの同じ腕を。
アートはダイアナと興味深げな視線を交わした。二人とも、どうすれば戦場と優雅な広間の間を、これほど優美に行き来できるのかと思っていた。
「特別な方を連れてきてくれたようだな」
一行に付き添う人物に気づき、カエラは言った。
「王国最強の魔法使いを、私たちのレストランにお迎えできるとは光栄です!」
そう付け加え、軽く身をかがめて挨拶した。
「どうぞおくつろぎください! あちらに席があります。お会いできて嬉しいです!」
彼女の夫、ローワンが言い添えた。
「ママ! ママ!」
二人の子どもが部屋から出てきて、跳ねるように近づいてきた。
「仕事の時間は叫んだり走ったりしちゃだめだって、二人とも言ったでしょう」
カエラが叱った。
女の子たちはしゅんとうなだれた。
ダイアナがアートにささやいた。
「これでやっと、私の知ってるカエラっぽい」
「ああもう! でも、ここに来たんだから、アートとダイアナとギデオンを紹介したい。ママのお友達よ」
小さな女の子たちは、若い《アーチャー》の姿に見とれて、立ち尽くしていた。
「お行儀よくしなさい! 何か言って!」
「こんにちは! いらっしゃいませ!」
二人は声をそろえて母に答えた。
そのうちの一人が、両手の人差し指を恥ずかしそうにつつき合わせながら、ダイアナに近づいた。
「三つ編み、さわってもいい?」
その子は尋ねた。
ダイアナは女の子に嬉しくなって、しゃがみ込んだ。
「もちろん! お名前は?」
「私はナディアで、妹はエスター」
「自分の名前は自分で言うの!」
「こら! けんかしない! すぐに自分たちの部屋に戻りなさい。お客さんの邪魔になってるわよ」
カエラが叱った。
子どもたちは駆け出し、店のホールから出ていった。
「すまない! ここにいるときは、あの子たちを預ける場所がないんだ。奥に部屋を用意してある」
「全然問題ないです、リーダ……」
ダイアナは言いかけて、危うく「リーダー」と呼びそうになったことに気づき、口ごもった。
「はははっ! 気にするな。ここでは、私たちはただの民間人だ……そして、友達だ」
ダイアナは、《オーロラ軍》でリーダーとして振る舞うカエラと、仕事の外の彼女とのあまりの違いに驚いた。少しずつ、そうした責任を背負うことの重さがわかってきた。いつものとげのある態度は、個人的な感情の表れではなかったのかもしれない。
少しして、一同は席に着き、店の美味しい料理を味わった。夜は、軽やかで打ち解けたやりとりの中で過ぎていった。笑い声、思い出話、そしてアートが大切にしていた、ありふれた日常の感覚。
「水の剣を作ろうとして、ソファをびしょびしょにしたの? マリアンおばさん、カンカンだったでしょうね……」
ダイアナが大笑いした。
「しかもこいつ、私のせいにしようとしたんだ」
ギデオンが付け加えた。
「そういうわけじゃ……」
アートは弁解しようとした。
「それに母さんは、結局父さんに全部片付けさせたんだ」
皆がいっしょに大笑いした。久しく味わっていなかった、貴重なひとときだった。
「アート! もう遅くなってきたし、私はまだ研究所でレイモンドと会わなければならない。もう行かないと」
ギデオンが、和やかな空気に終わりを告げた。
「じゃあ、今夜もお父さんは家に帰らないのね……」
ダイアナがぼやいた。
アートは皮肉っぽい笑みを浮かべた。
「帰ってくる回数を数えるほうが早いよ」
「お前のお父さんがしていることは、王国にとってとても大切なことなんだ、ダイアナ」
ギデオンは立ち上がり、息子に指示を残した。
「ここが終わったら、彼女を家まで送っていきなさい」
「当たり前だろ、一人で帰らせたりしないよ」
彼が気づかないうちに、友人はその返事に頬を染めた。
彼は、扉をくぐる父を目で追った。そのとき、店の奥に座っている男に気づいた。目の前には手つかずの皿。食器は一つも動かされていない。見知らぬ男は、彼を見ていた。
二人の視線が交わったとき、男は立ち上がり、出ていった。
アートの背筋を、寒気が走った。
「ギデオン!」
カエラが、にこやかな笑みを浮かべて出口へ近づきながら呼びかけた。
「お迎えできて光栄でした」
彼女は手を差し出した。握手したとき、何か冷たいものが彼の手のひらをかすめた――反応するには速すぎた。さりげない仕草だった。
「またいらしてください」
何事もなかったかのように手を放し、彼女はそう付け加えた。
《王宮魔法使い》は礼を言い、去っていった。アートは身を乗り出した。今の場面の意味が知りたかった。
「どうしたの?」
ダイアナが尋ねた。
「なんでもない。ちょっと疲れてるだけだ。でも……」
二人の間に、少し気まずい空気が流れた。アートは視線を逸らし、居心地の悪さを振り払おうとした。その目は、結局ダイアナの上に落ちた。彼女は柔らかなすみれ色のドレスを着ていた。軽くて艶のある生地が体にしなやかに沿い、細い銀のベルトが腰の曲線を引き立てていた。
袖は肩のところが少しふくらみ、手首に向かって細くなっていた。薄紫の髪は乱れのない三つ編みにまとめられ、二筋の小さな髪が顔にふわりとかかり、理解と忍耐の入り混じった光をたたえる金色の瞳を縁取っていた。
冗談めかした口調ではあったが、母の言葉が頭に浮かんだ。アートは、自分の気持ちを話さなければならないとわかっていた。
「ダイアナ、俺……」
彼は言いかけ、ふさわしい言葉を探した。
彼女は彼を見つめ、好奇心をもって待った。どちらかが次の一歩を踏み出す前に、突然の大きな音がその瞬間を壊した。奥から、ガラスが落ちて砕け散る音がして、子どもの笑い声と、カエラのいらだった叫び声が続いた。
「今度は何をやらかしたの!?」
アートはため息をついて顔を手でなで、ダイアナは腕を組み、小さく笑った。
「帰りながら話そう!」
「うん、そのほうがいいかも……」
二人は一緒に笑い、軽い緊張はほどけていった。アートはカエラを呼び、夕食の礼を言った。別れを告げたあと、ダイアナを家まで送っていった。
◇
その家は、《商業区》の喧騒から離れた、静かな通りにあった。
石造りの外観は控えめだが品があり、蔦が側面に絡みついていた。小さなポーチには木のベンチと花の鉢が置かれ、夜風に乗ってほのかな香りを漂わせていた。いつも手入れの行き届いた窓からは、温かな黄色い光がこぼれていた。
「今日はありがとう! 『普通の』人みたいに過ごせて、楽しかった……」
彼女は少しうつむきながら、礼を言った。
「ダイアナ!」
アートが近づいた。
彼の体は、彼女のすぐそばにあった。唇と唇は、あと数センチで触れ合うところだった。アートは心を決めていた。今こそ、本当の気持ちを打ち明け、それを口づけで確かめる時だった。ダイアナは胸を高鳴らせ、どう反応すればいいのかわからず、ただ友人が次の一歩を踏み出すのを待った。
そのとき、あの声が戻ってきた。彼の思考を切り裂く、ささやき。
――それらを一つにして! あなたが必要なの……
鋭い痛みも一緒にやって来た。頭全体を這い回るように。
アートは急に身を引いた。眉をひそめ、目を固く閉じ、頭を貫く刺すような痛みを抑えようとした。
「あ……すごくいい夜だった! また明日!」
彼は言った。慌ただしく別れを告げ、足早に去っていった。
ダイアナは扉を開け、振り返って一瞬ためらった。それから、ばつの悪そうな笑みを浮かべて中に入り、扉を閉めるとすぐ、それに背をもたせかけた。心臓は少し速く打ち、唇からため息が漏れた。
思わず窓へ駆け寄り、外をのぞいた。頬はほんのりと赤く染まっていた。そのとき、彼女は見た。アートが通りの真ん中で立ち止まり、突然の痛みを感じたかのように、頭に手を当てていた。
若い《アーチャー》は眉をひそめた。胸の内に不安が湧き上がった。何かがおかしい。家に向かうのではなく、アートは向きを変えた。ゆっくりとした足取りで反対の方向へ歩いていき、薄暗い通りの中へ消えていった。
ダイアナはためらうことなく、ドレスを脱いで制服を身につけた。ジャケットを手に取り、素早く羽織った。身軽な動きで弓をつかみ、矢筒を肩に掛けて、背中にしっかりと固定した。
何かが起きているのなら、それを突き止める。そして何よりも、アートを一人にはしない。




