第19話 離反
《オーロラ軍》の基地、《星辰の中庭》に集まったアート、ダイアナ、ハロルド、マルコスは、隊長の帰りを待っていた。任務へ出発したくて、落ち着かなかった。
エララは少し離れたところから彼らを見ていた。石段に腰を下ろして脚を組み、片肘を太ももにつき、手を頬のそばに添えている。赤毛が静かに揺れ、エメラルドのような緑の瞳は、前にいる若者たちに据えられたままだった。
「もう三十分経った。なんでこんなに遅いんだ?」
不死鳥の形をした噴水の縁にもたれて、アートが言った。
「隊長は何を考えてるんだ? 俺たちには時間がないのに!」
「一番うまくいっても、残りは三日しかない……」
ハロルドが、考え込むように言った。
「三日で、何年かけても見つけられなかった隠れ基地に乗り込む。しかも、奴らのリーダーまで倒さなきゃならない」
茶色の瞳の若い《サポート》は、顎の薄いひげを指でなぞった。
マルコスは戸惑ったように頭を掻いた。
「お前、奴らがアートを狙ってるとわかった今なら、チャンスがあるって言ってたじゃないか」
「そうだな。たぶん、それが唯一のチャンスだ」
「捕虜が、奴らの隠れ家の場所を吐いたら?……」
「どうやら、ただの筋肉バカじゃないみたいだな」
ハロルドの顔が明るくなった。
「あいつが口を割るように祈ろうぜ」
それまで黙っていたダイアナが、ゆっくりと立ち上がり、両手を腰に当てた。背骨が小さく鳴るまで、体を後ろへ反らした。
「相手はカエラ・リーダーよ。可能性は二つしかない。捕虜が死んでるか、全部しゃべったか」
彼女は少し間を置き、ため息をついた。
「あるいは、その両方か……」
アートは行ったり来たりし始めた。その足音が、中庭の大理石に響いた。
エララは黙って彼を見ていた。隊長が戻ってこないことを、彼女はすでに知っていた。決定は数分前に下されていた――そして、命令ははっきりしていた。何があろうと、若者たちをここに留めておけ。
「もういい! 監獄に行って、何が起きてるのか確かめてくる!」
若い魔法使いが踏み出したが、その前に魔法の障壁が現れた。そのエネルギーが放つ紫の光が、若者の顔に映った。
一行は驚き、その視線が《サポート》のリーダーへ向いた。
「今のは何?」
ダイアナが沈黙を破った。
エララは脚をほどき、ゆっくりと立ち上がった。中庭の中央へ歩み出る。
「あなたたちを、ここから出すわけにはいかないの」
アートは苛立った。リーダーのほうへ一歩踏み出す。
「どういうことだよ? 時間との勝負だって、わからないのか?」
「直接命令を受けてるの。隊長は、ルシアン、レイモンド、カエラと一緒に任務へ発ったわ」
「冗談でしょ……」
ダイアナが吐き出すように言った。
アートは両手で顔を覆って、しゃがみ込んだ。
「俺たち抜きで行ったのか!?……」
彼は信じられない様子でつぶやいていた。その隣で、ハロルドが眉をひそめて問いかけた。
「アートを連れていかないで、どうやって囮に使うつもりなんだ?」
「全然筋が通らない」
ダイアナが言った。
「基地の場所だって、わかってないのに……」
「捕虜が本当に場所を吐いたなら、話は別だ。でも、そうなると別の問題が出てくる……」
アートはゆっくりと立ち上がった。その表情が険しくなった。
「これまで捕まえた《ヒドゥン・ギア》の連中は、誰一人として情報を漏らさなかった。尋問する前に、いつも自分で命を絶ってきたんだ。なんで、そいつだけが違う?」
その問いに、エララは一瞬目を逸らした。アートは背を向け、虚空を見つめていた。やがて、ある記憶がよみがえった。
――誰も信用できない、アート。私の家族に何があったかを知っているのは、お前だけだ。
数日前、隊長室を出たときにカエラが言った言葉を、彼は思い出した。あのとき、リーダーがそっと向けた視線も。アートは目を見開いた。
「エララ・リーダー……」
彼は向き直った。今度は真剣な顔だった。
「一つ答えてくれ。あなたは、ずっとルシアンと長い時間を過ごしてきたよな?」
「ええ? それがどうしたの?」
「おかしいと思ったことはないのか? あいつが、どれだけ隊長のそばに居続けてきたか。どれだけ……誰にも理解できない状況でも、いつも何をすべきかわかってるように見えるか」
「ルシアンは強力な魔法使いで、優れた戦略家よ。指折りのね。たぶん、彼を上回るのはあなたのお父さんくらい。隊長の右腕で、ずっと信頼できる人だった」
「そこが引っかかるんだ。あいつは、できすぎてる。そして……できすぎた人間なんていない」
アートは体の横で拳を握りしめ、彼女から目を離さなかった。
「あの捕虜は……ここ何年かで、口を割った唯一の奴だ。じゃあ、捕まえたのは誰だ?」
エララはためらった。
「ルシアン」
「そうだ! しかもあいつは、フードの男をもう捕まえた状態で現れた。戦いも、傷も……何もなかった。そいつはただ『協力した』んだ」
彼は指で引用符を作ってみせた。
「おかしいと思わないか?」
「偶然かもしれない……」
エララは言ったが、その声にはいつもの力強さがなかった。他の者たちよりも、自分自身を納得させようとしていた。
「偶然じゃない」
ダイアナが言った。
「私も最初から、すごく変だと思ってた。それなのに今、みんなその捕虜の情報を頼りに、まっすぐ敵の基地へ向かってる」
ハロルドが一歩前へ出て、仲間たちの隣に並んだ。そして付け加えた。
「もし罠だったら? もしルシアンが内通者だったら? 何年も経った今になって、奴らが自分たちの居場所を教える意味がどこにある?」
エララは数秒のあいだ黙っていた。それから、深く息を吸った。
「わからない……でも、もしあなたたちの言う通りなら……私を欺いた報いは受けてもらう! なんてこと!」
「追いかけなきゃ。今すぐ!」
アートが声を強めて言った。
《サポート》のリーダーは障壁を解き、真剣な顔で若者たちを見据えた。
「後悔しないといいけど……」
アートは頷いた。
「一秒ごとに、シルヴェインの命が削られていくんだ」
「行くわよ!」
エララが言った。
「でも、彼らがどこへ向かったのか、突き止める必要があるわ」
◇
一行は基地の廊下を駆け抜けた。行く手を横切る兵士たちは、反応する暇もほとんどなかった。
監獄の入口で、見張りの一人が慌てて背筋を伸ばした。
「エララ・リーダー? 隊長とご一緒に、もう出発されたものと思っていました」
「心配しないで、兵士! 捕虜と話がしたいの」
「それは無理です、リーダー。捕虜は、カエラ・リーダーの尋問で気を失いました……実を言うと、それ以上しゃべらないように、自分で壁に頭を打ちつけたんです。あの狂った連中が、いつもやってきたことと同じです。お望みなら、起こしてみますが」
「ああもう! そんな時間はないわ」
彼女は唇を噛み、考え込んだ。
「あなた、彼らがここにいたときに見ていたわね。教えられることは、全部教えてちょうだい」
「私は……何かの装置の話を耳にしました。魔法の信号を出すものだとか。それで、レイモンド将軍が、まるで……何か思いついたかのように、通信機の話をされていました。私がよく理解する前に、皆さん出ていかれましたが」
ダイアナが顔を上げた。その目が輝いた。
「そうか……通信機。父さんがいつも仕組みを説明してくれてた。《オーロラ軍》の通信機にマナを同調させれば、魔法の周波数を読み取れるの」
「それで、あいつらを見つけられるのか?」
マルコスが尋ねた。
ダイアナは素早く仲間たちのほうを振り向いた。
「通信機を一台、同調させずに、近くの信号を探す状態にしておけば、周りのマナの周波数を拾ってくれる。その周波数は、人によって違うし、魔法の品によっても違うの」
「どれがあいつらのエネルギーか、どうやってわかるんだ?」
ハロルドが言った。
「私たちの通信機は、平均的な周波数を出してる。だから、品物や人それぞれの魔力の痕跡を区別できるの。一人一人のエネルギーには、固有の共鳴がある。普通のパターンと合わない、ずれを見つければいい。それを、即席の魔法の追跡装置として使えるわ」
「天才だな!」
アートが声を弾ませた。
「時間がないわ」
エララが言った。
「《通信室》へ行って、準備しましょう。彼らの痕跡を捉えられれば、手遅れになる前に追いつけるかもしれない」
一同は頷き、再び基地の廊下を駆け出した。急ぐブーツの音が、切迫した足取りを刻んでいた。彼らは基地の《図書館》を突っ切って近道をした。広く静かな広間で、金属の書棚には古い任務の記録や「戦闘魔法」の手引書が収められていた。入口は、色の違う何枚ものガラスパネルで飾られていた。そこの空気は、焦げた紙とランプの油の匂いがした。《サポート》たちが技の洗練を求めて過ごしてきた、長い勉強の夜の名残だった――このクラスは、技術を磨き上げることに熱心なことで知られていた。
本の山に身をかがめていた三人の見習いが、突然の物音に驚いて顔を上げた。
「あれ? 今走っていったの、エララ・リーダー?」
短い黒髪の《サポート》の少女がつぶやいた。紫の瞳が、一行が見えなくなるまで追っていた。
《通信室》の近くで、アスカ、アリク、メンナが、疲れた様子で歩いてくるのに出くわした。夜の見張りを終えて、《防衛線》から戻ってきたところだった。三人は目の下にくっきりとくまを作り、騒がしい一行を、興味深そうな目で見ながら近づいてきた。
「あんたたちにも、おはよう……いや、こんばんはかな。今が何時なのか、もうわかんないや」
メンナが言った。頭を掻き、片眉を上げる。
「いったい何が起きてんの?」
ダイアナは、まだ走ってきた息を切らしながら、深く息を吸った。
「シルヴェインが《ヒドゥン・ギア》に毒を盛られたの。助けなきゃいけない」
「毒?」
アリクが眉をひそめて繰り返した。
「どういうことだ? ちゃんと説明しろ!」
「それに、隊長は俺たちをここに閉じ込めていったんだ」
マルコスが付け加えた。
「閉じ込めて?」
アスカが言った。桜の花びらのような桃色の髪をした、天才の《シールダー》は、戸惑って両腕を広げた。
「何が起きてるんですか、師匠?」
彼女はダイアナに目を向けた。
「話せば長い」
ハロルドが、横目でエララを見た。
「もう規則は破っちまった」
「そして、あいつらを追いかける」
アートが、きっぱりと付け加えた。
メンナは短く口笛を吹き、わざとらしく感心したように首を振った。
「めちゃくちゃじゃん! はっ! こりゃ奇跡だね、リーダー!? 隊長の命令に逆らうなんて。規律マニュアルを抱いて寝てるのかと思ってたよ」
エララは表情を崩さなかったが、顎に力が入っているのは明らかだった。
「冗談を言ってる場合じゃないの、メンナ」
「じゃあ、本当にやばいんだね」
《ランサー》はつぶやいた。背中の武器のベルトを整える。
口数の少ないアスカが、一歩前へ出た。
「私たちも行きます!」
アートは首を横に振った。
「だめだ! これはただの巡回じゃない。潜入作戦なんだ。それに、俺たちは直接命令に逆らって動いてる。《オーロラ軍》の規律、読んだことあるか? 危険すぎる」
メンナは低く笑った。そして、からかった。
「あんたは読んだの? 『危険すぎる』? それ、私に言ってんの、それとも自分に言ってんの? もうちょっと敬意を払ってよね!」
彼女はアスカの肩をぽんと叩いた。
「行こうよ、楽しくなるって。ね、アスカ? 秘密任務だよ、ん!?」
「遊びじゃないの!」
エララが言い返した。
「重大な任務よ。これ以上、命を危険にさらすわけにはいかない」
「落ち着きなって、妹ちゃん! 私、何もかもうまくいかないときに逃げるのは得意だからさ」
メンナは歪んだ笑みを浮かべていた。
「それは疑ってないわ」
エララは腕を組みながらつぶやいた。
「それと、その呼び方はやめてって言ったでしょ」
リーダーは、いつもの真剣で抑えた口調から、少しだけ外れていた。
一行は、《サポート》のリーダーの態度に戸惑った。これまで一度も見たことのない、気分の変わりようだった。一瞬、空気が張りつめたが、いつも仲裁役のハロルドが割って入った。
「ああもう! 今はそんなことで時間を無駄にしてられない。信号を見失う前に、隊長たちを追跡しないと」
メンナはため息をつき、降参するように両手を上げた。
「わかった、わかったって! 私たちは残るよ。でも、あんたたちが全員死体で帰ってきたら、真っ先に『言ったでしょ』って言ってやるから……帰ってきたら、ハロルドにはもう一杯おごってもらうからね!」
若い《サポート》は、ばつが悪そうに頬を赤らめた。
エララはただ首を振った。答える暇もなかった。一行は《通信室》に入り、ダイアナは主通信機の調整を始めた。マナの流れを、手に持った通信機の周波数に合わせていく。
雑音が部屋を満たした。かすかな魔法の唸りが壁に響き、壁を震わせていた。若い《アーチャー》は、パネルから何本かの線を抜き取り、携帯の通信機につないだ。皆がただ見守る中、ハロルドが沈黙を破った。
「少なくとも、この通信機もようやく役に立つってわけだ」
「うん……通信距離はすごく短いけどね。届かない通信機なんて、あんまり使い道がないし……父さんも、こういう通信機は連絡には使えないって言ってた。でも、今必要なことには……」
ダイアナは、最後のつまみを回しながら答えた。
「周波数、安定……普通のパターンから外れたものが見つかるか、やってみる……」
数秒のあいだ、何も起きなかった。それから、不規則な信号が脈打った。
「あった!」
彼女は声を上げた。
「南で何かを拾った。弱いけど……父さんの通信機の痕跡に、知らないものが混じってる」
「カエラ・リーダーのものに違いない」
ハロルドが言った。
「追えるか?」
「うん。でも、今すぐ行かないと」
一行は出発の準備をした。エララが先頭に立ち、頭の中で道筋を描いていた。扉をくぐる前に、メンナが戸口に現れた。アーチにもたれて、槍を指の間でのんびりと回している。
「本気で、あんたたちだけで行かせると思った?」
見間違えようのない笑みを浮かべて、彼女は尋ねた。
「メンナ……」
エララが苛立って言いかけた。
「落ち着いてって!」
彼女が遮った。
「全部うまくいかなくても、少なくとも、また私のせいにできるでしょ」
マルコスが短く笑い、空気が和らいだ。
「お前ってやつは、どうしようもないな? 少なくとも、アスカとアリクは言うことを聞いたってのに」
エララは、根負けしたようにため息をついた。
「わかったわ。ただし、私の命令には従ってもらう」
メンナは敬礼の真似をした。
「了解です、リーダー殿」
ダイアナは口の端で笑い、首を振っただけだった。
「これは面白くなりそう……」
アートは、メンナと目を合わせずにその横を通り過ぎた。
「自分が何に首を突っ込んでるか、わかってるといいけどな」
「あんたもね」
同じ口調で、目を逸らさずに、彼女は答えた。
メンナは一行の二歩後ろを歩いていた。若い《ランサー》は、指の間で古い黒いブローチを回していた。くすんだ金属でできていて、中央には黒い不死鳥の紋章が刻まれていた。
「どうやら、確かめるときが来たみたいだね……」
彼女は目を伏せて、つぶやいた。
一瞬、周りの足音が消えた。彼女の心は、何年も前の、陽の降り注ぐ公園へと引き戻されていた。そこでは、白い髪をして、顔の半分を覆う仮面をつけた女性が、彼女に微笑みかけていた。鮮明に残っている記憶は、手の中のブローチの冷たい感触と、こう告げる柔らかな声だった。
――いつか、これがあなたにとって、真実への鍵になる。
現在と過去が、ほんの一瞬、混ざり合った。ハロルドが横目で、それを見ていた。黙ったまま、だが、注意深く。




