2.「バブー」に込めたプライド
「オギャア、オギャア……!」
次に意識が覚醒したとき、統は自分が「叫んでいる」ことに気づいた。
いや、叫んでいるというよりは、肺に冷たい空気が流れ込んできた反動で、勝手に声が出ている。
(あれ……? 俺は、司令室で、確か倒れて……)
記憶を辿ろうとするが、脳が思うように働かない。それどころか、視界が極端に狭く、しかも上下左右がぼやけてよく見えない。身体を動かそうとしても、自分の意志とは無関係に短い手足がバタバタと暴れるだけだった。
その時、部屋の扉がカチャリと開く音がし、優しい、しかしどこか疲弊した女性の声が鼓膜を震わせる。
「オルタちゃん」
(オルタ? 誰だそれは。俺は一ノ瀬統だぞ。帝都電鉄の……)
「オルタちゃん、ご飯ですよ。お腹空いたねぇ」
ぬくもりのある大きな手が、統の――いや、今の自分の身体を優しく抱き上げた。
視界が少しだけはっきりする。目の前にいるのは、素朴な麻の服を着た、金髪の美しい女性だった。その背後にある部屋の風景が目に入る。電気の光ではない。壁に掛けられたランプの炎が、ゆらゆらと石造りの壁を照らしている。
(まさか……これって、巷で噂の『異世界転生』ってやつか!?)
状況を理解した瞬間、激しいパニックが襲ってきた。しかし、赤ちゃんとしての身体は、パニックを「泣き声」としてしか出力できない。
「あらあら、オルタちゃんどうしたの? 怖くないよ、お母さんですよ」
(お母さん? この人が……。いや、待て。返事をした方がいいのか? しかし、俺の中身は29歳の元鉄道員だ。いきなり『私は一ノ瀬統です、ダイヤの乱れはどうなりましたか』なんて喋ったら、間違いなく悪霊の類だと思われて教会にでも突き出される。ここは……赤子らしく振る舞うのが正解か!)
統は前世の司令員としての冷静さを(無理やり)取り戻し、赤ん坊としての完璧な演技を行うことを決意した。
「バブー!」
「ふふ、ちゃんと元気に育ってねー。この街では、小さな子がすぐに神様に連れて行かれちゃうから……本当に、元気でいてね」
母親はオルタを愛おしそうに抱きしめながら、ポツリと悲しい呟きを漏らした。
その言葉の通り、この世界――「ゼラン王国」の辺境都市「カルナレート」は、衛生環境も悪く、原因不明の疫病や魔物の影響もあり、乳幼児の死亡率が異常に高かった。どの親も、子供が明日生きているかどうか、戦々恐々としながら慎重に子育てを行っていたのだ。
オルタと名付けられた統は、母親の深い愛情を受けながら、異世界の知識をスポンジのように吸収していった。
言葉を覚え、世界の仕組みを理解していくにつれ、彼は自分が置かれた環境の「致命的な欠陥」に気づくことになる。




