過去の恋の記憶を削除して最適な相手と結婚したのに、なぜか違和感が消えません
こんなに苦しいなら、
最初から好きにならなければよかった。
何もしていないのに、
勝手に思い出して、
勝手に苦しくなる。
もう、嫌だ。
「……消せるんだ」
画面に表示された文字を、見つめる。
「過去の恋愛記憶を削除しますか?」
画面に表示された確認文を、しばらく見つめる。
対象:1件
感情残存率:78%
推奨:削除
「……」
これを消せば、楽になるらしい。
未練も、比較も、後悔も。
全部、なくなる。
「削除しますか?」
少しだけ迷って。
「はい」を押した。
画面が一瞬、白くなる。
それで終わりだった。
「完了しました」
少しだけ、安心した。
思い出そうとしてみる。
──誰を好きだったんだっけ。
浮かばない。
名前も、顔も、何も。
「……」
少しだけ、胸が軽くなった気がした。
それから。
「最適なパートナーを提案します」
表示された名前を見て、頷く。
優しい。
安定している。
将来性もある。
「この人物に対する好意を最適化しますか?」
迷いはなかった。
「はい」
それからは、自然だった。
会って、話して、笑って。
ちゃんと、好きになった。
無理じゃない。
頑張ってる感じもしない。
「一緒にいると落ち着くね」
「うん」
そう思う。
本当に。
告白も、結婚も。
全部、スムーズだった。
「これからも一緒にいよう」
「うん」
迷わなかった。
ちゃんと好きで、ちゃんと安心できる。
だから。
これが、正しいと思った。
「ただいま」
「おかえり」
穏やかな日常。
食卓、会話、同じ時間。
問題はない。
どこにも。
──なのに。
「……」
ふとした瞬間に、手が止まる。
理由はない。
ただ、少しだけ。
何かが、引っかかる。
「どうした?」
「ううん、なんでもない」
笑う。
ちゃんと笑えている。
夜。
ベッドに入る。
隣には、同じ人。
安心できる。
好きだ。
確かに、そう思う。
それなのに。
「……」
胸の奥に、空白がある。
何もないはずなのに。
埋まらない場所がある。
思い出そうとしても、何も出てこない。
削除したはずだから。
「……なんでだろ」
小さく呟く。
足りない。
何が、とは言えない。
でも、確かに。
“何かが足りない”
次の日。
朝食を作りながら、思う。
この人を選んでよかった。
ちゃんと、そう思える。
間違っていない。
正しい選択をして、
正しい人生を歩いている。
それなのに。
「……これで、いいんだよね」
誰にも聞かない問いを、心の中で繰り返す。
答えは出ない。
出るはずもない。
だって。
間違いなんて、どこにもないから。
テーブルの上に、スマホがある。
ふと、画面を開く。
何もない。
履歴も、記録も、全部整理されている。
きれいに。
完璧に。
「……」
指が、少しだけ止まる。
何かを探しているみたいに。
でも、見つからない。
最初から、存在しなかったみたいに。
それでも。
胸の奥だけが、覚えている。
「……」
理由のない、違和感。
名前もない、感情。
消したはずのものが、
そこに“ない形”で残っている。
──最適な選択をして、
最適な相手と結ばれて、
最適な人生を歩いている。
それなのに。
ほんの少しだけ。
“間違っている気がした”




