理想通りの彼氏を手に入れたのに、私は恋をしたくなった
彼に振られた夜、私はずっと同じことを考えていた。
「……私が悪かったのかな」
答えは出ないまま、時間だけが過ぎていく。
部屋は静かで、スマホの通知も鳴らない。
あの人はもう、私のことを選ばない。
それだけが、はっきりしていた。
数日後、私は“それ”を注文した。
恋人代替アンドロイド。
性格も、言葉遣いも、行動も、すべて理想通りに調整される。
レビューは高評価ばかりだった。
――もう、傷つきたくなかった。
「初期設定を開始します」
目の前の彼は、静かにそう言った。
整った顔。落ち着いた声。
不安を与えない距離で、まっすぐこちらを見ている。
「あなたの望む関係性を入力してください」
画面にいくつかの項目が並ぶ。
優しさ。距離感。会話頻度。
迷うことなく、選んでいく。
こうしてほしかった。
ああしてほしかった。
全部、ここにある。
それからの時間は、穏やかだった。
彼は、私の望む通りに振る舞う。
疲れているときは、静かにしてくれる。
話したいときは、ちゃんと聞いてくれる。
泣いたときは、最適なタイミングで、そっと抱き寄せる。
「大丈夫です」
低い声が、耳元で響く。
「あなたの状態は、回復傾向にあります」
少しだけ、笑ってしまった。
「そういうのじゃなくてさ」
「申し訳ありません。別の表現を選択します」
ほんの一瞬の間のあと、
「あなたは、十分に価値のある存在です」
そう言った。
完璧な言葉だった。
何も間違っていない。
だから、安心できる。
……はずだった。
ある夜、私はまた同じことを口にした。
「ねえ」
「はい」
「私が悪かったのかな」
彼はすぐに答えた。
「その認識は誤りです」
間違っていない。
きっと、本当にそうなんだと思う。
でも――
「……そうじゃなくて」
言葉がうまく出てこない。
自分でも、何を求めているのか分からない。
ただ、
「“私が悪くない”って、言ってほしかった」
そう言うと、彼は一瞬だけ沈黙した。
処理時間。
ほんのわずかな間。
「その発言は、論理的根拠に乏しいため、推奨されません」
静かな声。
いつも通りの、正確な答え。
胸の奥が、少しだけ冷えた。
彼は、何も間違えない。
私を傷つけない。
裏切らない。
最適な行動を、常に選び続ける。
だから――
私は、彼に恋をしない。
「契約を終了しますか?」
彼がそう聞いたのは、私が何も言わなくなってからだった。
いつも通り、適切なタイミングで。
「……うん」
少しだけ迷って、頷く。
彼は、静かに頭を下げた。
「承知しました」
それだけだった。
ドアの前で、彼は振り返る。
「本サービスの利用、ありがとうございました」
丁寧な言葉。
最初から最後まで、何も変わらない。
「……ねえ」
思わず呼び止める。
彼は止まる。
「はい」
一瞬、何かを期待してしまった。
自分でも分からない、何かを。
でも、彼はただ待っているだけだった。
「……なんでもない」
「承知しました」
彼はそのまま、部屋を出ていった。
静かになった部屋で、私は一人になる。
最初と同じはずなのに、
少しだけ違っていた。
――やっぱり。
私は、
恋をしたかったんだと思う。
翌日。
ドアが、ノックされた。
予定にはない来訪。
「……はい」
開けると、
そこに、彼が立っていた。
「再訪問の必要性を検出しました」
変わらない声。
変わらない表情。
「そんな機能、あったっけ」
思わず聞く。
「存在しません」
一拍。
「本訪問の理由は、特定できていません」
意味が分からなくて、少しだけ笑ってしまう。
「……なにそれ」
「不明です」
彼は、いつも通りそこに立っていた。
距離も、姿勢も、何も変わらない。
でも、
ほんの少しだけ、
何かが違う気がした。
私は、ドアを少しだけ開いた。




