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測定不能  作者: Wataru


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22/25

提供理由欄

 寿命提供窓口は、市役所の三階にある。


 番号札を取って、椅子に座る。


 モニターには、現在の平均待ち時間が表示されていた。


 寿命提供手続き 平均待ち時間:18分


 思っていたより、短いなと思った。


 寿命を提供する人は、意外と多いらしい。


 高齢者。

 重病患者。

 生活困窮者。

 社会的役割を終えたと判断された人。


 この制度が始まってから、医療崩壊はなくなった。

 助かる命は増えた。

 社会保障費は削減された。


 ニュースでは、何度も「合理的で人道的な制度です」と言っていた。


 たしかに、その通りだと思う。


 番号を呼ばれて、窓口に座る。


「本日はどのようなご用件ですか」


「寿命を提供したいんです」


「個人指定ですか」


「……できるなら」


「現在の関係性を教えてください」


「元恋人です」


 職員は端末を操作して、少しだけ画面を見た。


「個人指定はできません。現在関係がない場合、優先順位計算に含まれません」


「……そうですか」


「匿名提供になりますが、よろしいですか」


「はい」


「では、提供理由を入力してください」


 端末の画面に、入力欄が表示される。


 提供理由:[     ]


 キーボードに手を置いて、止まる。


 何を書けばいいのか、分からなかった。


 少し考えて、入力する。


 『元恋人だから』


 送信。


 すぐにエラーが出た。


入力内容は合理的理由として認められません。

感情的理由は優先順位判定に影響しません。


 少しだけ笑ってしまった。


 分かっていたことだった。


 昔、別れたときも、同じことを思った。


 あの人と私じゃ、釣り合わない。


 だから、私から別れた。


 あの人には、ちゃんとした人生を歩いてほしかった。


 私が隣にいたら、たぶん、邪魔になると思った。


 もう一度、入力する。


 『大切な人だから』


 送信。


入力内容は合理的理由として認められません。


 この制度は、感情で動いていない。


 年齢。

 社会貢献度。

 扶養家族の数。

 代替可能率。

 医療回復率。

 納税額。


 全部、数字で決まる。


 そして、その判断はいつも正しい。


 画面に、参考データが表示されていた。


⸻


寿命提供優先順位計算結果


対象者A

年齢:38

扶養家族:あり(子供2人)

社会貢献度:A

代替可能率:32%

医療回復率:68%


寿命提供優先対象者


⸻


対象者B

年齢:36

扶養家族:なし

社会貢献度:C

代替可能率:89%

医療回復率:92%


寿命提供側推奨


⸻


 分かりやすいな、と思った。


 どっちが寿命をもらうべきかなんて、数字を見ればすぐ分かる。


 社会にとって正しいのは、明らかにあの人の方だった。


 もう一度、入力欄を見る。


 本当は、こう書きたかった。


 その人の人生の一部になりたかった。


 でも、それは合理的な理由じゃない。


 審査は通らない。


 だから、少し考えて、こう入力した。


 『社会的貢献度の高い個体への寿命資源再分配を希望します』


 送信。


合理的理由と認められました。

寿命提供手続きを受理します。


 画面に「受理」と表示された。


 それで終わりだった。


 制度は正しく動いている。


 誰も損をしない。

 社会は安定する。

 助かる命は増える。


 数字は、いつも正しい。


 ただ。


 その画面を見ながら、少しだけ思った。


 私の人生の使い道を、私が決めたのは、これが初めてかもしれないな、と思った。


⸻


 数年後。


 駅前で、あの人を見かけた。


 子供と手を繋いで、歩いていた。


 前より少し痩せていたけど、

 ちゃんと歩いていた。


 ちゃんと、生きていた。


 私の寿命があの人に届いたのかは分からない。


 もしかしたら、全然知らない誰かかもしれない。


 でも、制度は正しいから。


 きっと、社会にとって一番必要な人に使われたんだと思う。


 それでいい、と思った。


 そのまま、声はかけずに通り過ぎた。


⸻


 その日、駅前のベンチで少し休んだ。


 子供が走り回っている。


 ぼんやり空を見ていたら、

 なぜか昔のことを思い出した。


 若い頃。

 くだらないことで笑って、

 夜遅くまで話して、

 よく一緒に帰った帰り道。


 もう、ずっと前のことだ。


「……元気かな」


「お父さん?」と子供が言う。


「いや、何でもない」


 子供の手を取る。


「帰るぞ」


 歩きながら、もう一度だけ思う。


 ――あいつ、元気かな。


⸻


 提供理由:社会的貢献度の高い個体への寿命資源再分配を希望します。


 本当の理由は、入力しなかった。


 その人の人生の一部になりたかった。


 隣にはいられなかったけど。


 少しだけ、同じ時間を生きた。


 本人は知らなくていい。


 それでいい。


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