提供理由欄
寿命提供窓口は、市役所の三階にある。
番号札を取って、椅子に座る。
モニターには、現在の平均待ち時間が表示されていた。
寿命提供手続き 平均待ち時間:18分
思っていたより、短いなと思った。
寿命を提供する人は、意外と多いらしい。
高齢者。
重病患者。
生活困窮者。
社会的役割を終えたと判断された人。
この制度が始まってから、医療崩壊はなくなった。
助かる命は増えた。
社会保障費は削減された。
ニュースでは、何度も「合理的で人道的な制度です」と言っていた。
たしかに、その通りだと思う。
番号を呼ばれて、窓口に座る。
「本日はどのようなご用件ですか」
「寿命を提供したいんです」
「個人指定ですか」
「……できるなら」
「現在の関係性を教えてください」
「元恋人です」
職員は端末を操作して、少しだけ画面を見た。
「個人指定はできません。現在関係がない場合、優先順位計算に含まれません」
「……そうですか」
「匿名提供になりますが、よろしいですか」
「はい」
「では、提供理由を入力してください」
端末の画面に、入力欄が表示される。
提供理由:[ ]
キーボードに手を置いて、止まる。
何を書けばいいのか、分からなかった。
少し考えて、入力する。
『元恋人だから』
送信。
すぐにエラーが出た。
入力内容は合理的理由として認められません。
感情的理由は優先順位判定に影響しません。
少しだけ笑ってしまった。
分かっていたことだった。
昔、別れたときも、同じことを思った。
あの人と私じゃ、釣り合わない。
だから、私から別れた。
あの人には、ちゃんとした人生を歩いてほしかった。
私が隣にいたら、たぶん、邪魔になると思った。
もう一度、入力する。
『大切な人だから』
送信。
入力内容は合理的理由として認められません。
この制度は、感情で動いていない。
年齢。
社会貢献度。
扶養家族の数。
代替可能率。
医療回復率。
納税額。
全部、数字で決まる。
そして、その判断はいつも正しい。
画面に、参考データが表示されていた。
⸻
寿命提供優先順位計算結果
対象者A
年齢:38
扶養家族:あり(子供2人)
社会貢献度:A
代替可能率:32%
医療回復率:68%
寿命提供優先対象者
⸻
対象者B
年齢:36
扶養家族:なし
社会貢献度:C
代替可能率:89%
医療回復率:92%
寿命提供側推奨
⸻
分かりやすいな、と思った。
どっちが寿命をもらうべきかなんて、数字を見ればすぐ分かる。
社会にとって正しいのは、明らかにあの人の方だった。
もう一度、入力欄を見る。
本当は、こう書きたかった。
その人の人生の一部になりたかった。
でも、それは合理的な理由じゃない。
審査は通らない。
だから、少し考えて、こう入力した。
『社会的貢献度の高い個体への寿命資源再分配を希望します』
送信。
合理的理由と認められました。
寿命提供手続きを受理します。
画面に「受理」と表示された。
それで終わりだった。
制度は正しく動いている。
誰も損をしない。
社会は安定する。
助かる命は増える。
数字は、いつも正しい。
ただ。
その画面を見ながら、少しだけ思った。
私の人生の使い道を、私が決めたのは、これが初めてかもしれないな、と思った。
⸻
数年後。
駅前で、あの人を見かけた。
子供と手を繋いで、歩いていた。
前より少し痩せていたけど、
ちゃんと歩いていた。
ちゃんと、生きていた。
私の寿命があの人に届いたのかは分からない。
もしかしたら、全然知らない誰かかもしれない。
でも、制度は正しいから。
きっと、社会にとって一番必要な人に使われたんだと思う。
それでいい、と思った。
そのまま、声はかけずに通り過ぎた。
⸻
その日、駅前のベンチで少し休んだ。
子供が走り回っている。
ぼんやり空を見ていたら、
なぜか昔のことを思い出した。
若い頃。
くだらないことで笑って、
夜遅くまで話して、
よく一緒に帰った帰り道。
もう、ずっと前のことだ。
「……元気かな」
「お父さん?」と子供が言う。
「いや、何でもない」
子供の手を取る。
「帰るぞ」
歩きながら、もう一度だけ思う。
――あいつ、元気かな。
⸻
提供理由:社会的貢献度の高い個体への寿命資源再分配を希望します。
本当の理由は、入力しなかった。
その人の人生の一部になりたかった。
隣にはいられなかったけど。
少しだけ、同じ時間を生きた。
本人は知らなくていい。
それでいい。




