最小生活
砂糖税が導入されたのは、数年前だった。
健康増進のため、と説明された。
肥満率は下がり、医療費は改善傾向。
ニュースは明るかった。
誰も反対しなかった。
甘いものは、生きるのに必須ではない。
そう言われれば、確かにそうだった。
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次は外食調整税。
その次は装飾品安定税。
アクセサリー、ブランド衣料、香水。
「過度な自己表現は社会負担を増やす可能性があります」
理由はいつも穏やかだった。
財政安定率:正常。
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主人公は会社員。
特に贅沢な生活はしていない。
たまにチョコを買う。
月に一度、友人とハンバーガーを食べる。
それだけ。
ある日、レジに表示された。
【嗜好消費補正:+12%】
「上がりましたよ」
店員は事務的だった。
理由は表示されている。
【将来医療負担軽減のため】
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数か月後、通知が届く。
【医療自己負担率:+8%】
理由:
【嗜好消費履歴 Bランク】
彼は笑った。
「チョコくらいで」
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翌年。
最低限生活基準が発表される。
最低限栄養構成。
最低限衣服点数。
最低限娯楽時間。
それ以上は「選択的消費」。
選択には、負担が伴う。
ニュースは穏やかだった。
「公平ですよね」
街頭インタビュー。
皆、納得していた。
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彼はコンビニで立ち止まる。
チョコの棚。
値札の横に表示。
【将来医療補正:+0.2%】
ほんの少し。
誤差のような数字。
彼は一つ取る。
レジに置く。
通知。
【嗜好傾向:更新】
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病院。
軽い胃の不調。
医師は言う。
「治療は可能ですが、自己負担が少し高くなります」
画面表示。
【標準負担:30%】
【嗜好補正:+14%】
合計44%。
彼はうなずく。
制度は公平だ。
選んだのは自分だ。
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その帰り道。
彼は気づく。
最近、誰も間食していない。
昼休みの机に、お菓子はない。
誕生日会は縮小された。
「無駄だからね」
誰かが言う。
責めていない。
ただ、合理的。
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数年後。
嗜好履歴は信用評価に統合される。
ローン審査。
保険料。
子どもの教育補助。
理由は一つ。
【自己管理能力の指標】
ニュースは言う。
「より公正な社会へ」
財政安定率:正常。
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彼はスーパーでチョコを買う。
税率は高い。
レシートの一番下。
【贅沢選択回数:累計 23】
その横に小さく。
【医療優先順位:微減】
彼はしばらく数字を見る。
怒りはない。
抗議もない。
ただ、少しだけ寂しい。
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帰宅。
静かな部屋。
チョコを一口かじる。
甘い。
ほんの少しだけ、胸が緩む。
通知が届く。
【生活最適指数:低下】
【社会安定度:正常】
彼は画面を伏せる。
もう一口、食べる。
街は健康だ。
財政は安定している。
怒号はない。
抗議もない。
誰も困っていない。
ただ、
甘いものを食べる人が、
少しずつ減っているだけだった。




