最適寿命
朝。
郵便受けに、白い封筒が入っていた。
宛名は、正確に印字されている。
開封。
一枚の通知。
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【平均寿命最適化プログラム】
あなたは本日、
最適寿命域に到達しました。
現在の社会最適寿命:79.9歳
あなたの年齢:79.9歳
社会貢献率:標準
医療優先度:段階的調整対象
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彼は、眼鏡を外した。
「ぴったり、か」
悪い気はしなかった。
むしろ、誇らしい気さえした。
平均。
標準。
社会のバランスに貢献している。
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病院。
医師は穏やかに言う。
「積極治療は、あまり推奨されません」
「今後は緩和中心になります」
彼はうなずく。
怒りはない。
制度は公平だ。
誰も特別扱いしない。
それが平等だ。
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待合室のテレビ。
テロップ。
【社会寿命バランス:正常】
インタビューが流れる。
「無理に長生きしないのも社会貢献ですよね」
若い母親が笑う。
「将来の世代のために」
彼は小さく笑う。
自分も、そう思っていた。
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だが帰り道。
彼はふと立ち止まる。
足は、まだしっかりしている。
息も切れない。
視界も、はっきりしている。
「もう十分」
その言葉が、
誰のものなのか分からなくなる。
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数日後。
検診結果。
【延命非推奨】
医師の画面に表示される。
理由欄:
【統計的充足】
彼は医師に聞く。
「もし私が80.2歳なら?」
医師は微笑む。
「現在の最適値は79.9歳です」
「来年は?」
医師は答えない。
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夜。
彼はテレビを消す。
静かだ。
彼は、まだ生きたいと思っていることに気づく。
小さな欲望。
誰にも言っていない。
誰にも必要とされていないかもしれない。
でも。
自分の中に、ある。
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翌週。
病院の若い看護師が、
画面を見つめている。
【延命非推奨】
チェック欄が点滅している。
制度通りなら、入れる。
彼は言う。
「君は、平均より長く生きろよ」
看護師は笑う。
「まだ若いので」
彼は首を振る。
「若いからじゃない」
「自分で決めろ」
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看護師の指が、止まる。
チェックを、入れない。
画面表示。
【誤差:0.01%】
警告は出ない。
社会寿命バランス:正常。
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数か月後。
平均寿命は79.7歳に下がる。
ニュースが流れる。
「財政安定のための微調整です」
彼の名前は統計処理済み。
【最適化完了】
だが、
その年の延命希望申請が、
前年比0.02%増える。
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画面表示。
【社会寿命バランス:正常】
変わらない。
数字は揺れない。
だが、
平均の中に、
わずかな抵抗が混じった。
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彼は静かに目を閉じる。
自分が平均だったことを、
少しだけ誇らしく思いながら。




