サーヴェンデルト王国騎士団の落日 前編
「……む」
「どうかしたか、白騎士卿?そんな顔をして」
思わず顔をしかめた私の声と表情に反応したのは、隣の席に座る背の高さが目立つ、黒一色の鎧姿の顔なじみ。
いや、騎士見習い時代からのライバルに、今更顔なじみも何もあったものではないか。
「何でもない、黒騎士卿。いや、また茶葉が変わったと思ってな」
「仕方あるまい、あの方達の指図なのだ。なんでも今年の流行の逸品らしいぞ」
「そういうことを言いたいのではないのだが……」
そんな私の歯切れの悪い言い方に口を出してきたのは、重厚な中にも貴賓漂う飴色の長テーブルの向かいに座る妙齢の女性。
彼女もまた男のものとは意匠が違う鎧を着込んでいたが、その色は鮮やかな青だ。
「まあ、白騎士卿はお気に召さなかったのかしら?」
「いや青騎士卿、美味いとは思う。だが、どうにもこういう上品な香りは慣れなくてな」
「いいじゃありませんか。折角の機会ですもの、貴族の間の流行りを知っておくのも上に立つ者の務めだと、私は思いますけれど」
「俺は白騎士卿の言うこともわからんではないがな」
やや乱暴にティーカップを置きながらそう言うのは、赤い鎧の偉丈夫。
この四人の中では最年少なせいか、まだまだ血の気の多そうな雰囲気を、その身に纏う赤い鎧が象徴しているかのような男だ。
「ここに供された茶葉を購った金で、一体どれほどの兵の装備を整えられるか、お前達も知らんわけではあるまい。貴族社会のことは知らんが、少なくとも軍費で購う代物ではないことだけは確かだ」
「止めておけ赤騎士卿。老人方の機嫌を損ねても良いことなど一つもないぞ」
あまりに不穏当な赤騎士卿の発言を黒騎士卿が止めにかかるが、当の本人は一向に気にした様子はない。
「ふん、別に俺の方から赤虎騎士団長にしてくれと頼んだのではない。俺が辞めれば、マリオンの奴を堂々と推薦できるからな」
「赤騎士卿の副官殿の能力は私も買うが、彼では家柄が不足している。いや、私が言っているのではない、お歴々の周囲がしきりに漏らしているのだ。貴殿が矢面に立ち、副官殿が実務を回す。それでうまく行っておるのだからよいではないか」
「いいやよくない!そもそも実力が全てのはずの騎士団で、なぜ家柄が必要とされねばならんのだ!」
「あら、赤騎士卿?それは女だてらに騎士団長に上り詰めた私への当てつけかしら?」
「そうは言っておらん。だが、青騎士卿の御尊父には、言いたいこともないではないがな」
「……へえぇ、面白いことを言ってくれるわね。あなたこそ、軍閥貴族の御曹司の身分で騎士団長になれたってもっぱらの評判なのに」
「……その言葉、そっくりそのまま返してやるぞ」
「やめろ二人とも!場所をわきまえろ!」
赤騎士卿、青騎士卿の両者の視線が火花を散らすような一触即発の状況を何とか止めようとしている黒騎士卿。
いつもなら、互いの従者が間に入って事なきを得るのだが、今この王国騎士団総本部の応接室には、王国の武威を象徴する四大騎士団の団長しかいない。
黒騎士卿の執り成しで何とかこの場は収まったが、四人の騎士団長の中では中道派と目されているらしい私としては、内心溜息をつかざるを得ない。
それぞれの主張に一分の理があると理解する一方、二人こそ高級茶葉の香りと味を愉しんで気持ちを落ち着けるべきなのだが。
いやそもそも、これは茶会などではない。
そのことこそが二人の諍いの原因なのだ。
サーヴェンデルト王国騎士団の直近一年の報告を行い、今後一年の大方針を決定する重大事、騎士団長会議の場なのだ。
もっとも、四人の騎士団長が実際に会議をしていたのは遥か過去の話だ。
今は、この王国騎士団総本部の大広間にて、とっくの昔に退役した元騎士でありながら、騎士団を含めた王国軍全体に多大な影響力を持つ大貴族達、通称騎士派の会合が事実上の役割を担っている。
そして私たちにできることは、表向きは騎士団長同士の実のある議論をしているように見せかけながら、実際はこうして茶を飲みながら老人たちの会合の終わりを待つことだけだ。
これが今のサーヴェンデルト王国騎士団の現実。
本来陛下に捧げるべき剣を、騎士を辞めて久しい老人たちの権力闘争に利用されるだけの我が身だった。
騎士派の台頭の要因を挙げればキリがない。
そう人は言うが、騎士団長の職にある私としては、やはりその埒もない噂の一つを信じざるを得ない。
つまり、当時の王国騎士団の大失態だ。
今でこそ人族の躍進目覚ましく魔族の領域を次々と切り取っている時代だが、当然そうではない時代もあった。その中で最も人族、というより我がサーヴェンデルト王国が最も危機に瀕したのが、約五十年前のことだ。
当時、まだ私は生まれてはいなかったが、代々騎士の家系の父や祖父の話では、とある魔王軍の侵攻に六大騎士団がことごとく敗れ去り、ついには王都まで攻め込まれるという、まさに亡国の一歩手前まで来たことがあったそうだ。
その王都陥落の危機を救ったのが、独自に強大な軍事力を保有する大貴族を中心とした有志連合軍だった。
彼らは自軍の優勢に奢っていた魔王軍の虚を突いて急襲しこれを国境外まで撃退、そのまま徹底的な追撃をかけた。
その結果、魔王本人は討ち取れなかったがその軍を反攻不可能なまでに弱体化させた。
そして、度重なる敗戦で政治基盤が大きく揺らいでいた王家を補佐し、短期間で王都圏を立て直した。
この時の大貴族達の活躍は今でも歌になるほどの語り草だが、その歌が聞こえる度に子供の頃の私は身が縮む思いをしてきた。
なにしろ、当時の白鷲騎士団の団長は私の祖父だ。代々王国守護が使命の家系である以上、私個人の問題ではないと言えるはずもない。
当時六つを数えた王国騎士団が、敗戦の責を問われて四つに縮小され、数人の幼馴染が爵位の格下げや返上の憂き目に遭ったのも、私の幼少期の心情に大いに関わりがあったかもしれない。
そんな王国騎士団の弱体化が、騎士派の形成の大きな契機となったのは確かだろう。
先ほどは彼らのことを退役した元騎士と言ったが、あれは正確な表現とは言えない。
なにしろ、騎士派の多くは、中級貴族以上の家系の者達ばかりだ。
その子弟は特に騎士になる必要はなく、要は一種の箔付のために騎士団に入るのだ。
当然騎士団としても彼らを粗略な扱いはできず、安全な後方任務を一定期間務めてもらい、最低限の軍役を終えさせて退役してもらうという流れが建国以来の慣習だった。
そうした「元騎士」の貴族達ほぼ全てが騎士団の後ろ盾となってくれるので、ある意味では相互関係であり、今でも騎士団として歓迎する向きが主流だ。
だが、その距離の近さが、今では仇となっていると言わざるを得ない。
弱体化した騎士団の立て直しに奔走してくれたのもまた有志連合軍に参加した貴族達だったのだが、その援助を無償のものと勘違いしてしまった一人が、先代の白鷲騎士団長、つまり私の父だ。
致命的な人手不足から諸々の指揮権を近しい大貴族に預けたまでは仕方がないとしても、その後まんまと騎士団の既得権益を握られてしまったのは、間違いなく先代の不徳の致すところだ。
もっとも、同様の事態が他の騎士団でも起き、王国騎士団そのものが騎士派貴族の言いなりになってしまっている現状を鑑みると、父だけを責める気にはなれないのだが。
むしろ、当時大貴族の方針に反対して騎士団そのものが潰されてしまった二人の元騎士団長のことを考えると、まだ賢明な道を選んだというべきか。
結局、今でも六大騎士団の体制に戻る兆候がないことからも、大貴族たちの怒りが未だ収まっていないことは明白だ。
だが、私は今でも思う。
先代白鷲騎士団長、魔王軍に大敗を喫した責任を取る形で強制的に隠居に追い込まれた祖父の代わりとして急遽騎士団長の職に就いた父は、もう少し気概を見せるべきだったのではないかと。
あの、いつも背中を丸めて大貴族たちに媚びへつらっていた父の姿を見ていた騎士見習い時代を思い出すたびにそう思う。
騎士団を掌握して王都に確固たる権力を確立した騎士派の勢いは、もはや先代の国王ですら止める術がなかった。
といっても、別に圧政を敷いたとか他国との関係が悪化したなどの悪事を働いたわけではない。
むしろそれまで以上に騎士団の動きは活発化し、ますます魔族との戦いに積極的になったのは間違いなく功績と言えるだろう。
だが、やはり誰にでも驕りというものは生じるものだ。
特に、勢いづいている時ほど周りが見えなくなるのは人の性らしい。
王国のほぼすべての要職を係累で占めていた当時の騎士派の大貴族たちは、足元で燻る不満に全く気づいていなかった。
彼らが気づいた時には、騎士の経歴を持たないその他の貴族との間に決定的な亀裂が生じていたのだ。
彼らその他の貴族たちは、同じく騎士派に不満を抱いていた、建国以来騎士団と並んで王国守護の任についている魔導師団と結託し、魔導派を名乗り始めた。
魔導派結成当初は小物たちの軽挙妄動と鼻で笑っていた騎士派の貴族たちだったが、彼らは意外な方法でその圧倒的劣勢を覆していくことになる。
そこまで振り返った私は、応接室の一面を占めるガラス張りの壁から見える壮麗な建築物である王宮、その先にある長大な塔をシンボルに持つ建物を眺める。
今や騎士派に並ぶ大派閥、魔導派の象徴がそこにはあった。




