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トレントになったので一万年ほど寝ていたい  作者: 佐藤アスタ


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サーヴェンデルト王国騎士団の落日 中編

騎士派の独占的政治が長続きしなかった最大の理由は、それまでの国王陛下を頂点とした封建制を根本から否定するような露骨な身びいきにあった。


と言っても、魔王軍の侵攻を食い止めた騎士派の功績は誰もが認めるところであり、弱体化した騎士団に代わって彼らが王都の守護に就くことに関して異論は全くと言っていいほどでなかった。

そう、役目を奪われる側のはずの六大騎士団の大部分からでさえも、だ。


そして、救国の英雄となった騎士派の大貴族が王を補佐し、新たな時代の政治の中心となっていくことは、多くの民に既定路線として受け入れられ、それは実際に一定以上の支持を得て成功しつつあった。

それというのも、騎士派の多くは地方に領地を持つ領主であり、貴族本人はともかく、その側近達は数百から数千、中には万を超す領民を統治する有能な官僚でもあった。

そんな地方の官僚がいきなり王都の統治に参画するということで、当初はその成否が危ぶまれたものだった。

しかし、元々騎士派の貴族同士がが騎士の経験という共通項があり、その側近達もまた、ある程度の横の繋がりを有していたため、王都の住人が驚くほどの連携を見せ、特に平民からはおおむねの高評価を得ていた。


こうして、騎士団と王都の民から受け入れられた騎士派主導の政治は順調な一歩を踏み出したかに見えた。

が、しかし、騎士派の誰もが見逃していた、というよりこれまであえて見ないようにしてきた者達が完全に置き去りにされていることを彼らは見逃していた。

その者達は、騎士派の専横とも呼べる政治に待ったをかけただけでなく、露骨なまでの敵愾心を剥き出しにして猛然と批判し始めたのだ。


六大改め四大騎士団と並ぶ王国守護の要の組織、魔導師団である。






「なんだ、魔導派のことが気にかかるのか?」


窓際に立っている私の視線の先にあるものがわかったのだろう、黒騎士卿が声をかけてきた。


まあ、広々とした応接室とはいえ大の大人が四人で長い間共に居れば、互いの行動が気にかかるのは当然か……


「この部屋に居れば嫌でも視界に入るのだ、気にならぬわけがなかろう」


「おいおい、そういう面倒事は大広間を占拠している御老体達に任せておけ。気にかけたところで、我らは命令に従うだけで、何の権限もないのだぞ?」


「そうもいかん。これは騎士団長としてだけではなく、我が家の問題でもあるからな」


「……それを持ち出されると、たまたま婿養子先が黒竜騎士団長の家系だっただけの身としては、これ以上は口出ししづらいな」


「いいや、黒騎士卿の気遣いには感謝しているとも。他の同期の騎士はこちらの立場を慮って中々本音を言ってはくれんからな」


「う、うむ。白騎士卿がそういうのであれば……」


一見すれば、不倶戴天の敵の本拠地を睨みつけていた白鷲騎士団長と、それに理解を示す黒竜騎士団長の会話のように見えるのだろう。

実際、騎士団長としては後輩に当たる青騎士卿は若干の呆れ顔、赤騎士卿は共感するような獰猛な笑みを浮かべながら、そう信じて疑わない様子だ。


しかし、騎士叙任、そして四大騎士団長就任もほぼ同時期の黒騎士卿は私の本心をよく知っている。


父、先代騎士団長の意向を継承し、中道派路線を歩んでいると評価されているそうだが、私の真意は別にある。


騎士派の貴族とは付かず離れずの距離を保ちつつも、密かに魔導派との和解の道を探る。


これが先代の背中を見て育った私の結論であり、決意だ。






俗に、騎士は王に、魔導士(国に仕える魔法使いのことを特に言う)は自らの領域、つまり土地に忠誠を捧げると言われている。

我がサーヴェンデルト王国もその例外ではなく、建国以前からこの土地に住まう魔導士の力を借りて、ここまでの国になった。

その魔導士の力というと、平民の間ではファイアボールやマジックアローといった派手な攻撃魔法のイメージばかりが付きがちだが、我ら騎士にとってはその他の有用な能力が一番初めに浮かぶだろう。

すなわち、魔道具の製作である。


特に騎士にとって関わりが深いのが、一般兵のそれとは一線を画した性能を持つ騎士専用の鎧だろう。

単純な防御力の上昇はもちろん、様々な魔法への耐性の効果の鎧への付与は、専門の知識と技術を持つドワーフか魔導士にしかできない芸当だ。

他にも、鎧の効果をさらに高めたり新たな効果を追加するアミュレットを始めとした装飾系魔道具もまた、魔導士の手によるものである。

時には数の不利を打ち消す要となったり、戦争の決定打ともなる騎士団の強さの所以は、魔導士の作り出す魔道具の貢献があってこそと言っても過言ではない。


そしていざ戦いとなると、騎士は魔道具で防御力を高めた鎧で前線に立ち、魔導士はその後方で強力な魔法を行使するための詠唱時間を得る、という協力体制が時代と共に構築されることとなった。

このように、騎士と魔導士は王のもとで相互関係を築き、長年良好な関係にあった。もちろん、代々騎士の家系の私の家も、複数の魔導士の家系と親密な交友を重ねてきた。


その関係を破壊したのが、騎士派の台頭だ。

王都を掌握した騎士派の貴族が重要視したのは、あくまで王、騎士団、平民だけであり、そこに魔導士は含まれていなかったのだ。


もちろん、それぞれの貴族の領地に魔導士がいないわけではない。

だが、それらの魔導士はあくまで貴族の支配下にある者達であり、戦の花形である騎士と同等に扱う存在ではなかったのだ。


しかし一方で、当時の魔導士の微妙な立ち位置が事態をややこしくする要因ではあった。

自らを生涯の研究の徒と位置付けている魔導士達は王の直臣、つまり貴族となることを良しとせず、あくまで王国の協力者という立場で満足していた。

魔導士の功績を十分に理解しているそれまでの王と騎士団が多額の予算を魔導士に割り振っていたこともあり、彼らは地位や名誉といったものから一線を引いていた。


この魔導士の微妙な立ち位置が悲劇の始まり、騎士派の貴族達の誤解の元となったのは間違いない。

王の代理という権威、騎士団の軍事力、平民の経済力を掌握し、王国の全てを手中に収めたと思い込んだ騎士派は、その裏で多大な貢献をしていた魔導士の価値を見誤り、王宮から取り上げた予算決定権を行使して、それまで魔導士に割り振られていた予算を大幅に削ってしまったのだ。


これにはさすがの魔導士たちも抗議の声を上げたのだが、実情を理解していない騎士派の貴族達には理解されず、また有力な伝手もなかったため、決定を覆すには至らなかった。


この時、私の父を始めとした騎士団の主だった者達にも、魔導士からの度重なる陳情が来ていたようだが、結果を見るにすべて黙殺したようだ。

このことに関しては、若かりし頃の私も幾度となく父に尋ねたことがあったが、全ては当主の決めたこととして理由の一つも明かされなかったことは、生涯忘れることのない記憶となっている。


実際、当時の父が何を考えて魔導士達の声に耳を貸さなかったのか、すでに当人が鬼籍に入っている以上、その理由を知ることはもはや不可能と言わざるを得ない。

騎士派の圧力、騎士団の護持、先王の決定、家門の存続など、いくつかの推測は成り立つが、結局は死んだ父以外に答えを知る者はいないという結論になってしまうからだ。


こうして、全ては時代の波に押し流されようとしていたが、それこそが魔導士達の堪忍袋の緒が切れた最大の要因と言えるだろう。


もはや旧に復することはないと確信した魔導士たちは、騎士派に不満を抱いていた貴族と、魔道具の売買で深い関係にあった複数の大商人を抱き込んで魔導派を立ち上げたのである。






「しかし、まさか魔導派がたった数十年足らずで王宮を挟んだ騎士団本部の反対側に本拠地を構えるなど、発足当初に予測していた者など皆無であったろうな」


黒騎士卿の言う通り、魔導士の声を代弁し始めた貴族たちが魔導派と名乗った時は、騎士派の貴族のみならず騎士団内部からも失笑の声が密かに漏れたものだった。

サーヴェンデルト王国の三権をほぼ掌握した騎士派に今更対抗しようなど、無謀以外の何物にも見えなかったからだ。

かく言う私も、表向きは心配の様子を周囲に見せながらも、内心は縁の深い魔導士たちがいつ騎士派に潰されるかと不安の日々を過ごしたものだ。


だが、王都中の予想に反して、魔導派の勢力は比較的冷遇されていた騎士派の貴族も取り込んで急拡大を果たし、ついには騎士派も迂闊には動けないほどの確固たる地位を確立してしまった。

それも短期間の間にだ。


「……まさか魔導士たちが、一部の貴族や官僚の致命的な弱みをいくつも握っているとは夢にも思わなかった、と言ったところなのだろう」


「うむ。私の従弟の家など、騎士派でも中堅の地位に就いていたのだが、それをあっさりと棒に振って魔導派に与した。後に知ったことだが、あそこの嫡男は病がちでな、特殊な魔道具なしには生きられない体となっていたらしい」


騎士派の最大の誤算。

それはひとえに、「魔道具の有用性」を見誤った点に尽きる。


騎士団における魔道具に対する認識など氷山の一角。

実際は日常生活の補助から各業種の効率化や進歩、果ては生死を彷徨う傷病人の命をつなぎ留めたりと、まさに万能ツールと化しているのが魔道具なのだ。


騎士団としては、魔道具ありとなしの鎧の性能差を十分に理解し、魔道具を作り出した魔導士に対して一定の敬意を払ってきたつもりだったが、その使い道は戦いだけに留まらないということを完全に失念していた。

ましてや、騎士派の貴族にとっては魔道具は必要な時に商人から手に入れるだけの代物であり、それを一体誰が作っているかなど、完全に想像の埒外の話だったのだ。


その隙を魔導派は見事に突いた。


魔導士達は魔道具の独占的な供給を盾に大商人や一部の貴族に協力を要請(脅迫ともいえる)、これまでの魔道具制作で手に入れた莫大な資金と貴重な魔道具の譲渡などで次々と騎士派の中でも中位以下の貴族を篭絡、さらには騎士団や騎士派の貴族への魔道具の供給を厳しく制限、あるいは値を吊り上げることで、大幅な弱体化を図ったのである。


そして、魔導派が騎士派に勝っているもう一つの理由、それは……


コンコン


「皆様、顧問の方々がお呼びにございます」


私の思考を打ち消すようなノックの後に入ってきたのは、一人の騎士。

と言っても四大騎士団の者ではない。彼が顧問と呼んだ方達、騎士派の重鎮のいずれかの家臣なのだろう。


「さて行くとするか白騎士卿。といっても、大体内容の予想はつくがな」


呼びに来た騎士に見えない角度までこちらに振り向いた黒騎士卿の表情は、明らかにうんざりとしたものだった。


「まあ、それも我らの務めだ」


そういう私もまた、心にもないことを口にしていた。

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