クルスは国王と些細な交渉をした
このままじゃ埒が明かないと思った俺は、ミーシャのマジックアローを皮切りに国王と侍従長を人質にして玉座の間を制圧。役立たずだった衛兵と天井裏に潜んでいた黒ずくめの影護衛部隊(見た目はまんま暗殺者)を武装解除後した後、玉座の方でランディに槍を突き付けられている老人に向かって言った。
「さて侍従長殿、あいにく俺達は彼らを拘束する道具を持ち合わせていません。そんなものを持ち込もうとすれば、いくらグランドマスターの体面と俺達の功績に免じて武器の携帯を許可してくださった侍従長といえど、疑念を抱いたでしょうからね。かといって、この玉座の間で有り合わせのもので拘束するのでは、衛兵の方々はともかく、そこの黒ずくめの影警護の方々に果たして通用するか不安が残ります」
「貴様、何が言いたいのだ!」
「たった一言、手出し無用と命じてくれればそれでいいですよ」
「馬鹿な!なぜ貴様のような下賤の者の言うことを聞かねばならぬ!」
「だって、王宮の影の存在である彼らは、力づくで抑え込もうとしても最後の一人まで向かってくるでしょうからね」
「当然だ!そ奴らは騎士派、魔導派の魔の手から陛下を陰ながら御守りするために作り上げた必殺の刃。同胞を手にかけることすら厭わぬのに、裏切り者や魔族に躊躇するわけがなかろう!」
「いいや、あなたが一言言うだけで彼らは絶対に止まりますよ。ねえ、侍従長兼『影の執事』殿」
『影の執事』。
王国の役職には存在しないが半ば公然と国王の身辺を護衛しているという、諜報から暗殺まで請け負う名も無き影の組織のトップ。
まあ、どこの国にもこういった影護衛の組織はあったりするもんだが、彼らを指揮する者の正体まで一切分からないという例はちょっと聞いたことがない。
一部では、存在してはならない組織のはずなのに国王その人の直轄という噂があり、王国の規律から大きく逸脱した存在でありながら、騎士派魔導派ですらうかつに追及できないほど不気味な力を有している。
だが、蛇の道は蛇。
ある時偶然にも、とある暗殺組織に関わる依頼の最中にこの事実を知った俺は、この機会に情報の裏取りをした上で『影の執事』本人に答えをぶつけてみた。
ちなみに、その裏取りは知り合いに手紙を送って調べてもらった結果なので、グランドマスターの言いつけには反していない。
反していないったらいないのだ。
「影の執事?何のことを言っておるのだ、貴様は?そんな役職がこの王宮に存在するものか」
まあ、予想通りの反応だよな。それどころか、僅かな遅滞もなく俺の言葉に平静に答えた侍従長の頭の回転の早さは称賛に値するくらいだ。
さすがは国王の側近中の側近と言われるだけのことはある。
だが、
「わずかに重心を後ろにずらし、口元がひくつき、視線を微妙に俺から逸らしてる。いくら立派なセリフを吐けたって、体の動きが誤魔化せてないぜ」
「なっ!?」
「決定的なのはそれだ、その右の耳たぶを指でつまむしぐさ。ド緊張してるか、嘘をついてるときのクセなんじゃないのか?」
俺に言われてあわてて右手を下ろした侍従長。
まあ、その慌てぶりが何よりの証拠なんだけどな。
「バ、バカなことを言うな!?そんな根も葉もない虚言に踊らされる愚か者がいるものか!!証拠だ!証拠を出してみよ!どうせ証拠の一つも用意できなかったゆえ、そのような世迷言で陛下をたぶらかそうと……」
うーん、こりゃ梃子でも認めない気だな。
……確かに、『影の執事』の正体が侍従長だという証拠を用意する余裕はなかったから、痛いことろを突かれたのは間違いない。そして侍従長が認めて攻撃中止を命令しないなら、この黒づくめの影護衛達は決して止まらないだろう。そうなればいつ俺達が隙を突かれて戦いが再開、交渉どころじゃなくなるかもしれん。
そう考えて、いよいよ乱暴な手をためらっている場合じゃないかもしれんな、と思い始めたその時だった。
「確かに、そなたにとって私はまだまだ虚言に踊らされるような若造に見えるのであろうな」
「へ、陛下!?」
「今すぐその黒づくめの者達を止めよ、爺や。お主の嘘をついている時の癖くらい、気づかぬ私だと思ったか?」
「陛下、お待ちください。私めは決してそのような……」
「爺やよ、お主がこのまま私に対してまでも白を切りとおすというのならば、私は王として非情の命を下さねばならなくなる。これが最後だ、黒づくめの者達に攻撃を止めさせよ」
「…………手出し無用」
その侍従長の声はよく聞き取れないほど小さかったが、効果は劇的だった。
それまで全員が無言のまま素手のままで構えを取っていた黒づくめの者達から放たれていた殺気が、溶けるように消え失せたからだ。
その様子を確認した俺はランディに目配せで合図を送ると、玉座に向けていた槍の切っ先をその隣にいる侍従長へと変更した。
「さて侍従長様よ、アンタにこれ以上余計な時間を割きたくないんでね、ちょっとばかし黙ってもらうぜ」
「なっ!?こ、殺すというのか!?そんなことをすれば、王国中の貴族が黙っておらぬぞ!!」
「馬鹿かアンタ。誰がそんな面倒くさいことするかよ。ちょっと眠ってもらうだけだ。まったく、アンタみたいのが一番融通利かないし、関わるとタチが悪いんだ」
「何を!貴様ごときが――」
トン
相変わらず騒がしい侍従長の言葉を遮る、くるりと槍を反転させてランディが放った石突の一撃は狙い違わず侍従長のみぞおちに命中し、最低限の苦しみだけで老人の意識を刈り取った。
「ふう、うるさいじいさんだったぜ」
そう言いながら侍従長の脇を抱えて壁際に移動させるランディを横目に、俺は国王に向き直った。
「さて陛下、これでようやくまともに話ができる用意が整いました。俺の提案を聞く用意はございますか?」
「……初めに言っておくが、このようなやり方を私は決して容認するわけではないぞ。爺やの取った行動の是非はともかく、すべて私への忠誠心でやったことだ。お主らを即刻下がらせたいという思いは私とて同じことだということを憶えていてもらおうか。その上でお主の要求を聞こうではないか」
「……まあ、今までの経緯から数々の誤解が生まれてるようですけど、この際その辺はすっ飛ばして本題に入りましょうか、陛下」
別にボクト様が望んだことであって俺の要求じゃないんだがな……
まあ、どう話をしようと結果は変わらないからいいか。
「といっても、別に陛下にアレをしてほしい、コレを言ってほしい、なんて強要する気はありません。俺が望むのはただ一つ、これからボクト様が起こす行動に関して不干渉を貫いてほしい、それだけです」
「……それではなんの核心も突いておらぬではないか。その魔王ボクトとやらの行動の内容次第で私が王としてとるべき道があるかどうか、それが分からぬお主ではあるまい。のう、S級冒険者クルスよ」
「……そうですね」
その、まるで俺個人のことを以前から知っていたかのような口ぶりには、ちょっと驚かされた。
そしてそんな俺の微かな動揺を見て取ったのか、国王は薄い笑みを浮かべて言った。
「爺やには幾度となく下賤の者達に関心を寄せるなと戒められてきたがな、市井のことを知らずして王など務まるものではない。これでも、爺やの目の届かぬところでお主ら冒険者についてもそれなりに知識を得ておる。たとえ魔王の手先となったとしても、そこのマルス殿が未だ絶大な信頼を寄せている、その程度のことは私にもわかる」
……参ったな、この王様、予想以上に話が分かりそうだ。
フランチェスカ様の眷属になる前に出会っていたら……いや、やめておこう。
「……なら、あえて虚飾は交えずに言いましょう。陛下、この王宮の両隣りに立つ『王国騎士団総本部』と『魔導師団総本部』をボクト様が壊滅させる間、王宮派の者達に一切の行動を禁じさせていただけますか?」
「……クルス、お主はいったい何を考えて……」
「陛下にとっては悪い話ではないはずです。なにしろ、最近の騎士派、魔導派の対立は王国にとって害にしかならないだけじゃなく、とうとう陛下の意向すら無視し始めてきたんですから」
「……そのことに関して思うところが無いわけではない。だが、あれでも二大派閥の本拠地は王都守護の要。本当にそのボクトとやらが魔王だったとしても、易々と陥落できるような代物ではないぞ?」
「それは陛下の心配することじゃありません。大事なのは、これから起きる争乱に王宮派が巻き込まれないことですよ」
「……民は、王都の民はどうなる?」
「ご心配なく。ボクト様も、非戦闘員を巻き込むやり方はできるだけしたくない、とお考えです。そうですね、例えばですが、陛下の御名で王都の住民を避難させればよいのでは?ボクト様はご自身の領域、永眠の森への手出しがなくなればいいだけですから、直接関係のない王都の民は見逃すと思いますよ」
「……本当に要求はそれだけなのだな?」
「はい。……ああでも、その他にいくつかのほんの些細なお願いを聞いていただいたら、ボクト様も安心して王国を後にできると思うのですが」
そう言った俺は、国王にその些細なお願いを告げた。
・王宮派は永眠の森に金輪際手を出さない
・そのための口実として次代のリートノルド子爵家当主を朴人にする
・侍従長の引退
「………………どこが些細なのだ。そもそも要求は一つだけではなかったのか?」
「情報は小出しにするのが、交渉の基本ですから」
「……条件がある」
「伺いましょう」
「一つ目に関してはそのまま飲もう。元々王宮派は永眠の森に一切手も口も出しておらぬからな。
二つ目は、そのままは受け入れ難い。討ち死にした前リートノルド子爵は王国の威信をかけて魔族の領域に攻め込んでいた。賠償云々と騒ぐ商人どもは自己責任としても、子爵位からの降格ぐらいはしておかぬと他の貴族に示しがつかぬ」
「貴族として、元リートノルドの街の権利を主張できれば何でもいいですよ。まあこれも、貴族や冒険者たちが永眠の森に手が出せなくするための方便ですから。ああ、リートノルド家の次期当主はどこか辺境に移住したことにでもしておいてください」
「そして三つ目だが……」
「まあぶっちゃけ、この三つ目は是が日にでも履行してもらわないと困りますね。そこの侍従長殿にこのままの地位に居座られると、後々厄介になるのは目に見えているんで」
本筋から外れるから言葉にしたのはこの程度だったが、今の王国の惨状の元凶の一つがそこで気絶してる老害だってことは、俺じゃなくても事情通なら誰もが知っている。
本来の職権を越えた権力を持ち続けている侍従長のせいで、王国を守護する騎士団、魔導士協会の意志が国王に伝わりづらくなった結果、貴族を取り込んだ騎士派、魔導派の誕生につながったのだから、その罪はとても重い。
そしてその事実に薄々気づきながらも、変わらずに侍従長を重用してきた国王にも一定の罪はある。
少なくとも俺はそう見ている。
なにより、あのしつこい性格の侍従長が俺達のことを許すとはとても思えず、このまま野放しにしたら間違いなくボクト様の言う「面倒な状況」になるのは、火を見るより明らかだった。
ここはひとつ、俺達のためにも王国のためにも、侍従長には政治の舞台から完全に降りてもらう必要があった。
「……先ほどそこの槍使いがあえて爺やを殺さなかった意味は十二分に理解している。王国貴族の長老たる爺やを魔王の手の者が殺せば、サーヴェンデルト王国が破滅するその時まで魔族の領域を攻め続けることは目に見えている。ならば爺やに引導を渡すのは王たる私以外にはおるまい。三つ目の件、承知した」
「じゃあ、これで協定成立、ってことでいいですかね、サーヴェンデルト王国国王、ヨグンゼルト三世陛下?」
「よかろう」
握手はなかった。
別に友好的協定ではなかったから、俺から手を差し出すのもなんだし、国王の方も求めなかったからだ。
一仕事終えて、誰もが停滞しそうな微妙な空気。
そんな中でも構わずに動き出す存在がいるとしたら、この方しかいないだろう。
「ん?終わりましたか?じゃあ、ちょっと……『王国騎士団総本部』と『魔導師団総本部』、でしたっけ?そこを壊しに行ってきますね」
人づてに聞いただけの、鉱山都市ガーノラッハにおけるボクト様の圧倒的暴力。
その姿を目の当たりにする時間が、すぐそこまで迫っていた。
些細な交渉でしたね。朴人にとっては。




