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君が忘れた世界で  作者: 和泉きよ


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9/20

キユウとの約束

 翌日


 私はキユウのことを調べることにした。

 警察に任せればいい。

 そう言われるかもしれない。


 でも

 私は知りたかった。


 三年前

 私とキユウの間に何があったのか。


 そして

 どうして三年後の今。

 彼は死んだのか。


 ツキシロさんは最初、反対した。


「危険かもしれない」


「でも、私が知らないと何も分からないです」


「警察が調べている」


「私の過去は、私自身が一番知りたいんです」


 ツキシロさんは困ったようにため息をついた。


「……分かった」


「ありがとうございます」


「ただし、一人では行かない」


「はい」


 私たちはキユウの部屋へ向かった。

 警察の許可を得て、遺族が整理する前の荷物を確認する。

 部屋には、ほとんど何もなかった。


 机。

 本棚。

 ベッド。


 そして

 一つの箱。


「これ……」


 箱の中には古いノートや書類が入っていた。


 私は一冊を手に取った。

 日付は三年前。

 ページを開く。


『アンに頼まれた。』


「……」


 次のページ。


『本当にこれしか方法がないのか。』


 私は息を止めた。


 さらにページをめくる。


『アンは自分を怖がっている。』


 次


『メイが出てくると、アンは何も覚えていない。』


 私はツキシロさんを見る。


「……」


 彼は黙っていた。


「これ、キユウさんの日記ですよね」


「そうだと思う」


 さらに読み進める。


『アンは泣いていた。』


『自分が誰かを傷つける前に、止めてほしいと言った。』


 指が止まる。


「……私が?」


 その先には。


『俺には無理だと言った。』


『でも、アンは何度も頼んだ。』


『「お願い。私を殺して」』


 私はノートを閉じた。


「……」


 部屋の中が静まり返る。


「そんな……」


 自分の口から出た声が。


 自分のものではないように聞こえた。


「私が、そんなことを……?」


 ツキシロさんは何も言わない。


「私、本当に死にたかったんですか?」


「……三年前の君は」


 彼は言葉を選ぶ。


「かなり追い詰められていた」


「どうして?」


「メイのことを怖がっていた」


「……」


「自分では止められないと思っていた」


 私はノートを握りしめた。


 ページの続き。


『アンに約束した。』


『もし本当に止められなくなったら、自分が終わらせる。』


「……終わらせる」


 その言葉が重かった。


 何を終わらせるのか。


 私自身なのか。

 メイなのか。


 それとも

 もっと別の何かなのか。


 私は次のページを開いた。

 そこには短い文章があった。


『明日、アンと会う。』


『話をする。』


『たぶん、これで最後になる。』


 その下には

 震えたような字で。


『怖い。』


 と書かれていた。


「キユウさんも怖かったんだ……」


 私は呟いた。


「……」


「私を殺すことが?」


 ツキシロさんは答えなかった。


 私はノートを閉じた。


 すると

 箱の底に、一枚の写真があることに気づいた。


 写真を取り出す。

 三年前の私。

 キユウ。


 そして

 ユナ。


 三人で写っている。

 ユナは笑っていた。

 キユウも笑っている。


 でも


 私は


 笑っていなかった。


「……私」


 写真の中の私は、怯えたような顔をしていた。


 まるで

 何かから逃げようとしているみたいに。


 写真の裏側を見る。

 そこにはキユウの字で書かれていた。


『三人で笑える日が来ればよかった。』


 私は写真を胸に抱いた。

 涙が出そうになる。


 そのとき


「アン」


 頭の中で声がした。


「……メイ?」


「うん」


「あなた、この写真を知ってる?」


「知ってる」


「この日、何があったの?」


「……」


「教えて」


 長い沈黙。


「アン」


「なに?」


「キユウは、悪い人じゃなかった」


「……え?」


「少なくとも、最初から悪かったわけじゃない」


「じゃあ、どうして……」


「アンを救おうとした」


「私を?」


「うん」


 私は写真を見る。


「じゃあ、どうして私はキユウを信用するなって書いたの?」


「それは……」


 メイの声が少し低くなる。


「キユウが、約束を破ったから」


「どんな約束?」


「アンを殺すという約束」


「……」


 言葉が出なかった。


「でも」


 私は震える声で言った。


「キユウさんは、私を殺そうとしたんでしょう?」


「そう」


「じゃあ……」


 私は写真を握った。


「私がキユウさんを殺したとしても、おかしくないですよね」


「……」


「私を殺そうとした人なら」


「アン」


 メイの声が強くなった。


「それは違う」


「何が違うの?」


「アンは殺してない」


「どうして分かるの?」


「私が知ってるから」


「じゃあ、誰が――」


 その瞬間

 声が途切れた。


「メイ?」


 返事がない。


「メイ?」


 私は何度も呼んだ。


 でも

 もう声は聞こえなかった。


 私は一人で写真を見つめる。


 そして

 ふと気づいた。


 写真の端に

 小さく書かれた文字。

 私の字だった。


『次に会うとき、全部終わらせる。』


「……」


 誰が。

 何を。

 終わらせるつもりだったのか。

 私はまだ知らない。


 ただ

 三年前の私は

 何かを決意していた。


 そして

 その決意の先に


 キユウと


 ユナの死があった。


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