ツキシロの妹
三年前の写真を見つけてから。
私は何度も、その写真を見返した。
私。
キユウ。
ユナ。
三人で写っている写真。
それだけなら、ただの思い出の写真だ。
でも
私には、その一枚が怖かった。
写真の中の私は笑っていない。
キユウもユナも笑っている。
なのに、私は何かを恐れている。
「……このとき、何があったの?」
写真に向かって呟く。
もちろん返事はない。
私はスマートフォンを手に取った。
過去の写真やデータを調べる。
自分のアカウントらしいもの。
昔の投稿。
削除されているものも多い。
それでも、いくつか残っていた。
三年前。
まだ十七歳だった頃の私。
そこには、今とはまるで違う私がいた。
『今日は学校を休んだ』
『誰にも会いたくない』
『また眠れなかった』
『怖い』
短い文章ばかり。
今の私からは想像できない。
「……私、こんなだったんだ」
スクロールする。
そして
一つの投稿で指が止まった。
『ユナちゃんが来てくれた』
その下には。
『優しかった』
たったそれだけ。
私は画面を見つめた。
「……ユナさん」
その名前を口にすると。
また頭が痛くなった。
でも
今度は逃げなかった。
目を閉じる。
何かを思い出そうとする。
暗い部屋。
雨の音。
誰かが泣いている。
『アンちゃん』
女の子の声。
『大丈夫だよ』
「……」
私は息を止めた。
ユナの声だ。
たぶん。
『一人じゃないから』
映像が浮かぶ。
私とユナが並んで歩いている。
ユナが笑っている。
私も笑っている。
そのとき
『アンちゃん』
『なに?』
『約束して』
『何を?』
『一人で抱え込まないこと』
そこで記憶が途切れた。
「……約束」
私は胸に手を当てた。
なぜか
泣きそうになった。
その日の午後。
ツキシロさんが家に来た。
「少し話したいことがある」
「ユナさんのことですか?」
「……そう」
私は頷いた。
「聞かせてください」
ツキシロさんは椅子に座った。
私は向かい側に座る。
「ユナは、昔からお節介だった」
「そうなんですか?」
「困ってる人を見ると、放っておけない」
「……私にも?」
「うん」
ツキシロさんは少し笑った。
「君のことを、妹みたいに思ってた」
「……」
胸が苦しくなる。
「ユナは、君を心配していた」
「何が心配だったんですか?」
「君の様子が変わったから」
「……メイ?」
「そう」
ツキシロさんは頷いた。
「君は三年前、突然人が変わったようになった」
「……」
「明るかったと思えば、急に何日も塞ぎ込む」
「……」
「自分が何をしたか覚えていないこともあった」
私は黙って聞いた。
「ユナは君を心配して、何度も会いに行った」
「それで……?」
「ある夜」
ツキシロさんの声が低くなる。
「ユナから連絡があった」
「何て?」
「『アンちゃんを見つけた』って」
「……」
「その後だった」
彼は言葉を止めた。
「連絡が途切れた」
「……」
「何度電話しても出ない」
「それで?」
「俺は探しに行った」
「どこへ?」
「古い倉庫の近く」
その言葉を聞いた瞬間。
頭の奥が痛んだ。
「っ……」
「アン?」
「大丈夫です」
反射的に答えた。
でも
ツキシロさんは私を見つめた。
「無理するな」
「……はい」
私は目を閉じた。
暗い。
倉庫。
雨。
足音。
そして
誰かが叫んでいる。
『やめて!』
私は目を開いた。
「ユナさん……」
「そうだ」
ツキシロさんは言った。
「俺が到着したときには、ユナはもう……」
そこで言葉が止まる。
私は聞くのが怖かった。
「……何があったんですか?」
「ユナは、アンを守ろうとしていた」
「私を?」
「うん」
「キユウさんから?」
「……そう」
私は写真を思い出す。
そして
三年前の自分の日記。
『私を止めて』
「キユウさんは、私を殺そうとしていたんですか?」
「……そうだ」
「どうして?」
「君に頼まれたから」
私は言葉を失った。
「私が?」
「そう」
「でも……」
「ユナは、それを止めようとした」
「……」
「ユナは、君を死なせたくなかった」
胸の奥が締めつけられる。
「だから、キユウにやめるよう言った」
私は目を閉じた。
また映像が浮かぶ。
暗い倉庫。
ユナ。
キユウ。
そして私。
『やめて!』
ユナの声。
『アンちゃんに何するの!』
キユウの声。
『俺だって……』
『だったらやめてよ!』
そこで
別の声がした。
『邪魔』
私は目を開いた。
「……今」
「どうした?」
「女の人の声が」
「何て?」
私は答えられなかった。
怖かった。
その声が誰のものなのか。
分かってしまいそうだったから。
「……分かりません」
ツキシロさんはそれ以上聞かなかった。
「その後、何が起きたんですか?」
私は尋ねた。
「……」
「ツキシロさん」
彼はしばらく黙っていた。
「俺が見たのは」
ゆっくり。
一言ずつ。
「倒れているユナと」
「……」
「その近くに立っているアンだった」
時間が止まったように感じた。
「……私?」
「そう」
「私が……?」
ツキシロさんは答えなかった。
でも
その沈黙だけで十分だった。
「私が、ユナさんを……」
「アン」
「私が殺したんですか?」
「……」
「ツキシロさん」
「俺は、君がやったとは思っていない」
「でも、そこにいた」
「そう」
「私の近くにユナさんがいた」
「……」
「じゃあ、誰が……?」
ツキシロさんは目を伏せた。
「それが、俺にも分からなかった」
私は自分の手を見た。
震えている。
何も覚えていない。
なのに
私がその場にいた。
そして
ユナは死んだ。
「……怖い」
私は呟いた。
そのとき。
頭の中で。
メイの声が聞こえた。
『まだ思い出さなくていい』
「……」
『アンは悪くない』
「じゃあ」
私は心の中で答えた。
『誰がやったの?』
メイは答えなかった。




