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君が忘れた世界で  作者: 和泉きよ


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11/19

最悪の記憶

 その夜


 私は一人で部屋にいた。

 電気を消して。

 ベッドに座って。

 何度も同じことを考えていた。


 ユナ。

 キユウ。

 私。

 三年前の夜。


 そして

 倒れていたユナ。


「……私じゃない」


 そう言ってみる。


 でも

 証拠は何もない。

 記憶もない。


 むしろ

 私は、その場にいた。


「……私だったら?」


 考えたくない。


 でも

 一度考えてしまうと止まらない。


 もし

 メイが何かをしようとして。


 私が止められなくて。

 その結果――。


「……」


 私は頭を抱えた。


「違う」


 そう言い聞かせる。


「違うよ」


 でも

 心のどこかでは。

 分かっていた。


 私は

 自分自身を完全には信じられない。




 翌朝


 私は一人で古い倉庫へ向かった。

 ツキシロさんには何も言わなかった。

 危険かもしれない。

 そう言われると思ったから。


 でも

 行かなければいけない気がした。


 電車を降り。

 しばらく歩く。


 街の中心から離れるにつれて、人が少なくなる。


 古い建物。

 使われていない倉庫。

 周囲には新しい建物も増えているけれど。


 その一角だけ。

 時間が止まっているようだった。


「……ここ」


 私は足を止めた。


 見覚えがある。

 間違いない。

 ここに来たことがある。


 三年前。

 私はここにいた。


 頭の奥が痛む。


「……」


 目を閉じる。

 何かが浮かぶ。


『アン』


「お願い」


『本当にいいのか?』


「うん」


『怖くないのか?』


「怖いよ」


 そして


「でも、私が誰かを傷つける前に……」


 そこで映像が途切れる。


「……」


 私は壁に手をついた。

 息が苦しい。


 次の瞬間

 別の記憶が流れ込んできた。


『アンちゃん!』


 ユナ。


『逃げて!』


 私は振り返る。


 キユウがいる。

 何かを持っている。


 私は動けない。


『キユウ! やめて!』


 ユナが叫ぶ。


『ユナ、どいてくれ!』


『嫌!』


『これはアンのためなんだ!』


『こんなの違う!』


 そして

 私の中から。


 別の声がした。


『うるさい』


 低い。

 冷たい。

 私とは違う声。


『アンに触らないで』


「……メイ」


 私は目を開いた。

 目の前に誰もいない。


 でも

 確かに聞こえた。


『この子を守る』


 その瞬間

 記憶が途切れた。


「……その後は?」


 何も思い出せない。

 私はその場にしゃがみ込んだ。


「どうして……」


 自分の記憶なのに。

 肝心なところだけがない。


 ポケットからスマートフォンを取り出す。

 昔のデータを調べる。


 位置情報。

 古い写真。

 削除されたデータ。


 その中に

 一つだけ残っていた。


 三年前の夜。


 この場所から撮影された短い動画。


「……」


 再生する。


 暗い画面。

 音声だけ。

 誰かが話している。


『アン、聞いて』


 キユウの声。


『俺は……』


 そこで

 別の声。


『やめて』


 ユナ。


 そして。


 私の声。


「もう、いいよ」


「……」


 私は震えながら音量を上げた。


「お願い」


 私の声。


「もう、これ以上誰も傷つけたくない」


 キユウ。


『だから俺が――』


 突然。

 大きな物音。

 動画が途切れた。


「……」


 私はスマートフォンを握りしめた。

 ここから先がない。


 でも

 その動画だけでも分かる。


 三年前

 私はキユウに

 何かを頼んでいた。


 そして

 ユナは私を助けようとしていた。


 なら

 ユナを傷つけたのは誰なのか。


「……メイ?」


 返事はない。


「メイ」


 何度呼んでも。

 何も聞こえない。


 私は立ち上がった。


 帰ろう。

 そう思った。


 でも

 そのとき

 倉庫の壁に残された、小さな傷が目に入った。


 何かで書かれたような文字。

 私は近づく。


 そこには

 たった三文字。


『ごめん』


「……」


 誰が書いたのか。

 分からない。


 でも

 その字を見た瞬間。


 涙が出た。


 理由は分からない。


 ただ

 自分が謝っているような気がした。

 私はその場に立ち尽くした。


 そして

 初めて

 最悪の可能性を認めようとした。


「……私が、ユナさんを殺したの?」


 答える人はいない。


 風が吹く。

 古い建物の隙間から。

 冷たい空気が流れてくる。


 その瞬間

 背後から声がした。


「……違う」


「――!」


 振り返る。

 誰もいない。


「今の……」


 自分の声。


 でも

 私が話したわけではない。


「メイ?」


 沈黙。


 そして。


「……違うよ」


 今度は。

 はっきり聞こえた。


 私は息を止めた。


「じゃあ……誰が?」


 返事はなかった。


 でも

 胸の奥で

 一つだけ

 恐ろしい予感が生まれた。


 メイは

 私を守ろうとしている。


 だったら

 もし私が誰かを傷つけそうになったとき。


 メイは

 私を止めるためなら。




 何をするのだろう。



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