メイの告白
家に帰ると
玄関にツキシロさんがいた。
「……どこに行ってた?」
「少し散歩です」
「嘘だな」
「……」
「倉庫だろ」
私は黙った。
「どうして分かったんですか?」
「君が帰ってきたときの顔を見れば分かる」
「……」
「何を思い出した?」
私は答えられなかった。
靴を脱ぐ。
部屋へ入る。
「アン」
「……少しだけ」
「何を?」
「私が、キユウさんに頼んだこと」
ツキシロさんが黙った。
「私を止めてって」
「……」
「ユナさんは、私を助けようとした」
「そうだ」
「そして」
私は自分の手を見る。
「私は、あの場所にいた」
「……」
「だから」
私は顔を上げた。
「私がユナさんを殺したんじゃないですか?」
「違う」
ツキシロさんは即座に答えた。
「どうして言い切れるんですか?」
「……」
「私は何も覚えてない」
「それでも」
「私だったかもしれない」
「アン」
「私だったら……」
声が震えた。
「どうするんですか?」
ツキシロさんはしばらく私を見ていた。
「それでも、俺は君を責めない」
「……どうして?」
「ユナがそうするなと言っていたから」
「え?」
ツキシロさんは目を伏せた。
「妹は最後まで君のことを心配していた」
「……」
「だから俺は」
彼は拳を握った。
「君を憎みたくても、憎めなかった」
胸が痛くなった。
「……ごめんなさい」
「謝るな」
「でも」
「まだ何も分かってない」
「……」
「だから、自分で自分を犯人にするな」
その言葉を聞いた瞬間。
頭の奥で。
声がした。
『……ツキシロは優しいね』
「……メイ?」
ツキシロさんが怪訝そうに私を見る。
「どうした?」
「……何でもないです」
夜
ツキシロさんが帰ったあと。
私は部屋の電気を消した。
そして
鏡の前に座った。
「メイ」
鏡の中の私を見る。
「いるんでしょう?」
「うん」
今度はすぐに返事があった。
「話して」
「何を?」
「ユナさんのこと」
「……」
「あなたは知ってるんでしょう?」
「知ってる」
「私がやったの?」
「違う」
「じゃあ、誰?」
メイは答えない。
「教えて」
「……」
「お願い」
沈黙。
「メイ」
「アン」
「なに?」
「もし知ったら」
「うん」
「私を嫌いになるかもしれない」
「……」
「それでも聞く?」
私は頷いた。
「聞く」
「本当に?」
「うん」
鏡の中の私が目を閉じる。
「……分かった」
そして
メイが言った。
「あの子を殺したのは私」
世界が止まった。
「……え?」
「ユナを殺したのは、私」
私は鏡を見つめる。
そこにいるのは
自分と同じ顔。
でも
私ではない。
「どうして……?」
「アンを守るため」
「私を?」
「そう」
「何から?」
「キユウから」
「でも、ユナさんは私を助けようとしてた」
「知ってる」
「じゃあ、どうして?」
メイの表情が少しだけ悲しくなった。
「ユナは、アンを守ろうとした」
「……」
「だから、邪魔をしたくなかった」
「だったら……」
「でも」
メイの声が低くなる。
「そのときの私は、誰が味方なのか分からなかった」
「……」
「キユウはアンを殺そうとしていた」
「……」
「ユナはキユウを止めようとしていた」
「……」
「そして私は」
メイが私を見る。
「アンだけを守ることしか考えていなかった」
私は震えた。
「だから……」
「うん」
「ユナさんを……」
「私が殺した」
その言葉が
何度も頭の中を回った。
「……どうして、今まで黙ってたの?」
「アンが耐えられなかったから」
「だから記憶を消したの?」
「そう」
「私のために?」
「そう」
私は鏡に手をついた。
「でも……」
涙がこぼれた。
「それじゃあ、あなたが全部背負ってるじゃん」
メイは答えない。
「私が忘れたことを、全部あなたが覚えてたの?」
「うん」
「私が怖がったことも?」
「うん」
「私が悲しかったことも?」
「うん」
「ユナさんのことも?」
「……うん」
「キユウさんのことも?」
「……うん」
私は泣きながら笑った。
「馬鹿だよ」
「……」
「そんなの、ずっと一人で抱えてたの?」
「アンには必要なかったから」
「違うよ」
「……」
「私にも必要だった」
メイは黙っていた。
「私の悲しみなのに」
涙が止まらない。
「私の怖さなのに」
私は鏡を見る。
「どうして全部、あなた一人で持ってたの?」
「……」
「メイ」
「……私は」
初めて
メイの声が震えた。
「アンが笑っていられるなら、それでよかった」
私は何も言えなかった。
「だから」
メイは続ける。
「嫌われてもいい」
「……」
「怖がられてもいい」
「……」
「アンが生きていられるなら」
鏡の中のメイが
少しだけ笑った。
「それでよかった」
「……メイ」
「だから、もう聞かなくていい」
「嫌」
「アン」
「嫌だ」
私は首を振った。
「私は、あなたを知らないままにはしたくない」
「……」
「私の中にいるあなたを」
私は鏡に手を当てた。
「私自身を」
その瞬間
鏡の中のメイが
初めて泣いた。
「……どうして?」
「え?」
「どうして、そんなこと言うの?」
私は答えた。
「だって」
涙を拭う。
「あなたは私だから」
メイの目が大きく開いた。
「……違う」
「違わない」
「私は、あなたとは違う」
「ううん」
私は首を振った。
「私が知らなかっただけ」
長い沈黙。
「……アン」
「なに?」
「これから先」
メイが言う。
「もっと思い出すよ」
「うん」
「きっと、辛い」
「うん」
「後悔するかもしれない」
「うん」
「私を嫌いになるかもしれない」
私は少しだけ笑った。
「そのときは、そのとき考える」
「……」
「今は」
私は鏡の中の自分を見る。
「一緒に知ろう」
メイは何も答えなかった。
ただ
ほんの少しだけ
笑った。
その夜
私は初めて知った。
三年前
ユナを殺したのは
私ではなかった。
でも
私の中にいるもう一人の私だった。
そして
それは
これから起こるすべての真実の
ほんの入口に過ぎなかった。




