消えた少女
朝
病室のカーテンを開けると、眩しい光が差し込んできた。
「……まぶしい」
私は目を細めた。
昨日までと同じ朝。
なのに
何かが違う。
たぶん、知ってしまったからだ。
私の中には、私の知らない記憶を持つ誰かがいる。
メイ
そして、そのメイが知っている三年前の出来事。
私は昨日の夜から、ずっとそのことを考えていた。
コンコン
「アン」
ドアが開く。
ツキシロさんだった。
「おはよう」
「おはようございます」
いつものように挨拶する。
でも
今日は、聞きたいことがあった。
「ツキシロさん」
「うん」
「昨日、メイが言ってました」
「……メイ?」
ツキシロさんの顔から、表情が消えた。
「私の中にいる、もう一人の私です」
「……」
「三年前のことを知ってるみたいなんです」
ツキシロさんはしばらく黙っていた。
「そうか」
「驚かないんですね」
「……驚いてるよ」
「嘘です」
「え?」
「知ってたんですよね?」
ツキシロさんは答えなかった。
その沈黙が、答えのように感じた。
「ツキシロさん」
「……何?」
「三年前、何があったんですか?」
彼は窓の外を見た。
しばらくして。
「俺には妹がいた」
「……妹?」
「うん」
その一言で。
空気が変わった。
「名前は、ユナ」
知らない名前。
でも
なぜか
胸の奥が痛くなった。
「三年前に死んだ」
「……」
「まだ十七歳だった」
私は息を呑んだ。
「十七……」
自分の年齢と重なる。
今の私は二十歳。
三年前なら。
十七歳。
「……私も、三年前は十七歳だったんですよね」
「そう」
ツキシロさんの声は低かった。
「ユナとアンは、同じ年だった」
胸がざわつく。
「私と……ユナさんは知り合いだったんですか?」
「……会ったことはある」
「どこで?」
「それは」
また、彼は言葉を止めた。
「ツキシロさん」
「……」
「お願いです」
私はまっすぐ彼を見る。
「教えてください」
彼は目を閉じた。
そして。
「三年前の夜」
静かに話し始めた。
「ユナは、ある場所にいた」
「どこですか?」
「古い倉庫の近く」
「……」
「そこで、アンとキユウを見つけた」
頭の奥が痛んだ。
「っ……」
私は額を押さえる。
視界が揺れる。
暗い。
冷たい。
誰かが叫んでいる。
『やめて!』
「……今の」
私は顔を上げた。
「何か思い出した?」
ツキシロさんが聞く。
「女の子の声が……」
「……」
「『やめて』って」
ツキシロさんの顔が苦しそうに歪んだ。
「それがユナだ」
「……」
「ユナは、誰かが傷つけられると思って、止めようとした」
「誰を?」
「……アンを」
心臓が大きく鳴った。
「私を?」
「そう」
「キユウさんから?」
ツキシロさんは答えなかった。
「……何があったんですか?」
「俺は、その場にいなかった」
「じゃあ、どうして知ってるんですか?」
「ユナが……」
彼は言葉を詰まらせた。
「最後に残したものがあった」
「最後に?」
「メモだ」
「何て書いてあったんですか?」
ツキシロさんは私を見た。
「『あの子を助ける』」
「……」
胸が苦しくなった。
「それだけですか?」
「うん」
「私を助けるって……」
「そう」
私は俯いた。
「どうして」
「分からない」
ツキシロさんはそう言った。
でも
その声には、何かを知っている人の響きがあった。
「ツキシロさん」
「……」
「ユナさんは、私を助けようとして死んだんですか?」
「……」
長い沈黙。
「そうだ」
やっと。
彼は答えた。
その瞬間
頭の奥で何かが弾けた。
暗い倉庫。
冷たい床。
誰かの足音。
そして
私の声。
『逃げて』
違う。
これは私の声じゃない。
『アンを守る』
誰かが言っている。
女の子の声。
「……ユナさん」
私が呟いた瞬間。
視界が暗くなった。
「アン!」
ツキシロさんの声が遠ざかる。
私はその場に座り込んだ。
頭の中に。
一瞬だけ。
誰かの顔が見えた。
笑っている女の子。
髪を風になびかせて。
私に向かって手を伸ばしている。
『大丈夫』
その言葉を
私は知っている。
でも
その声は
私の声ではなかった。




