犯人は私?
その日の夕方
警察から再び連絡があった。
病院の面談室に呼ばれた私は、二人の刑事と向かい合って座っていた。
「アンさん」
昨日と同じ刑事が口を開く。
「新しい映像が見つかりました」
「……映像?」
「キユウさんが亡くなる直前のものです」
胸がざわついた。
刑事がタブレットを机の上に置く。
「見てもらえますか?」
「はい」
再生。
夜の街。
街灯。
人通り。
そして
画面の端から私が現れた。
「……私」
映像の中の私は、一人で歩いている。
少しして、キユウが現れた。
二人は何か話している。
音声はない。
キユウが何かを言う。
私は首を横に振る。
そして――
キユウが一歩、後ろへ下がった。
「……」
私は息を止めた。
「何か分かりますか?」
「分かりません」
「本当に?」
「はい」
映像の中の私は、キユウとの距離を詰めている。
キユウはさらに後ろへ下がる。
まるで
私を怖がっているように見えた。
「……これ」
刑事が映像を止めた。
私とキユウが向かい合っている場面。
「このあと、二人は画面から消えます」
「その後は?」
「別のカメラには、キユウさんの姿だけが映っています」
「私も?」
「あなたは映っていません」
「……」
「そして、約三時間後」
画面が切り替わる。
夜遅くの映像。
そこには――
私がいた。
「……え?」
私は画面を見つめた。
時間表示は、二十三時四十分。
私が一人で歩いている。
「この三時間、何をしていたか覚えていますか?」
「……覚えてません」
「キユウさんと別れた後の記憶は?」
「ありません」
刑事はしばらく黙っていた。
「アンさん」
「はい」
「あなたは、キユウさんが亡くなった時間帯に、彼と一緒にいた可能性が高い」
「……」
「そして、その後の約三時間について記憶がない」
「……はい」
「何か思い出せませんか?」
私は答えられなかった。
頭の中が真っ白になる。
自分がキユウと一緒にいた。
キユウは私を怖がっていた。
そして
その後の三時間がない。
「……私」
声が震えた。
「私が、キユウさんを……?」
「まだ断定はしていません」
刑事は静かに言った。
「ですが、可能性としては調べる必要があります」
「……そうですよね」
私は俯いた。
当然だ。
誰が見ても怪しい。
私はキユウと会っていた。
キユウは死んだ。
そして私は何も覚えていない。
だったら
犯人が私でも、おかしくない。
「……すみません」
「何がですか?」
「分からないんです」
涙が出そうになった。
「自分が何をしたのか、本当に分からない」
刑事は何も言わなかった。
面談が終わる。
私は廊下へ出た。
壁に寄りかかる。
息が苦しい。
「私が……殺した?」
口にすると、その言葉が現実になったような気がした。
怖い。
自分が怖い。
だけど
いつもの言葉が頭に浮かぶ。
――大丈夫。
私は小さく笑った。
「大丈夫」
誰もいない廊下で、私は呟いた。
「きっと、なんとかなる」
もう一度。
「大丈夫」
さらにもう一度。
「大丈夫だから」
その瞬間。
「……うるさい」
声がした。
私は顔を上げた。
誰もいない。
「……え?」
「その言葉、嫌い」
自分の声だった。
でも
私が話しているわけではない。
「誰……?」
「分かってるでしょう」
鏡。
廊下の先にある大きな鏡。
そこに私は映っている。
だけど
鏡の中の私は、笑っていなかった。
「……メイ?」
鏡の中の私が口を開く。
「そう」
「あなた……」
「やっと私の名前を呼んだね」
「どうして私の中にいるの?」
「ずっといたから」
「ずっと?」
「うん」
私は鏡に近づいた。
鏡の中の私も近づく。
「私が知らなかっただけ?」
「そう」
「どうして?」
「アンが知ろうとしなかったから」
「……」
「怖いことも」
「……」
「悲しいことも」
「……」
「全部、大丈夫って言って終わらせた」
胸が痛んだ。
「違う」
「何が?」
「私は……前向きなだけ」
「違うよ」
メイは静かに言った。
「アンは怖かっただけ」
何も言えなかった。
「怖くて」
メイが続ける。
「悲しくて」
「……」
「誰かに嫌われるのが怖くて」
「……」
「自分が壊れるのが怖くて」
鏡の中の目が、私を見つめている。
「だから笑った」
その言葉が胸に刺さった。
「違う……」
「違わない」
「私は……」
「大丈夫じゃないのに、大丈夫って言った」
「……」
「何度も」
私は鏡から目を逸らした。
「……あなたは何なの?」
「メイ」
「それは名前でしょう」
「私が何なのか知りたい?」
「知りたい」
「本当に?」
「うん」
少しの沈黙。
そして
「じゃあ、もっと思い出して」
鏡の中のメイが言った。
「三年前のことを」
「三年前……」
「キユウのことも」
「……」
「ツキシロのことも」
「……」
「そして」
メイの表情が初めて歪んだ。
「私が何をしたのかも」
「……何をしたの?」
メイは答えなかった。
鏡の中の姿が、少しずつ遠くなる。
「待って!」
私は鏡に手を伸ばした。
その瞬間。
頭の中に、一つの映像が浮かんだ。
暗闇。
誰かの声。
『アン、逃げて』
別の声。
『大丈夫』
そして
自分ではない誰かの声。
『私が守る』
私は息を呑んだ。
次の瞬間には
鏡の中に、いつもの私が戻っていた。
「……」
私はしばらく動けなかった。
やがて
自分の手を見つめる。
震えている。
私はその手を胸に当てた。
「……私の中に、本当にいるんだ」
メイ
もう、夢だとは思えなかった。




