アンの告白
「……私が、キユウを殺した」
口にした瞬間、胸の奥がひどく冷たくなった。
病院の窓から差し込む夕暮れの光が、床を細長く照らしている。
ツキシロは、何も言わなかった。
ただ、私を見ていた。
「私……あの夜、キユウと会って……そのあと三時間も記憶がなくて」
自分の声なのに、遠くから聞こえているようだった。
「凶器にも私の指紋があって、私の持ち物も現場にあった。しかも、私の字で『これで終わらせる』って……」
一つずつ証拠を並べるたびに、逃げ道がなくなっていく。
「だから……私が殺したんだと思う」
「違う」
即答だった。
私は顔を上げた。
ツキシロは、強い目で私を見ていた。
「どうして……そう言い切れるの?」
「君がそんなことをする人間じゃないから、なんて理由じゃない」
「じゃあ、何?」
ツキシロはしばらく黙っていた。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「君はその夜、キユウを殺そうとしていたんじゃない」
心臓が跳ねた。
「……え?」
「殺されそうになっていたんだ」
その言葉が、頭の中で何度も反響した。
殺されそうになっていた。
私が?
キユウに?
「そんな……だって」
「キユウは、君に会うために準備していた」
ツキシロはポケットからスマートフォンを取り出した。
「警察に見せる前に、君に見せておきたいものがある」
画面には、一つの音声ファイルが表示されていた。
録音日時は、キユウが亡くなった日の少し前。
再生ボタンが押される。
雑音の向こうから、キユウの声が聞こえた。
『アン……』
その声を聞いた瞬間、胸が苦しくなった。
『ごめん』
私は息を止める。
『本当に、ごめん』
そこで音声が途切れた。
短すぎる。
けれど、その声には明らかな恐怖があった。
そして、決意も。
「これは……」
「キユウの携帯に残っていた」
ツキシロが言った。
「まだ続きがある」
別の音声ファイルが開かれる。
今度は、もっと新しいものだった。
『これしかないんだ』
キユウの声。
震えている。
『アンが苦しまないためには……』
そこから先は、雑音に埋もれて聞き取れなかった。
私はスマートフォンを握りしめた。
「キユウは……私を殺そうとしてた?」
「たぶん」
ツキシロは答えた。
「でも、君はそれを知っていたんじゃないか」
「……私が?」
「三年前にも同じことがあったから」
頭の奥が痛くなった。
三年前。
キユウ。
私を止めて。
その言葉が、つながり始めていた。
「私……死のうとしてたのかな」
自分で言ったのに、その言葉が怖かった。
ツキシロはすぐには答えなかった。
「君は、自分が誰かを傷つけることを怖がっていた」
「……うん」
「だから、キユウに頼んだ」
「私を止めて」
口から、勝手に言葉がこぼれた。
ツキシロの表情が歪む。
「そうだ」
私は両手で顔を覆った。
「じゃあ……今回も……」
目の前が暗くなる。
「私は、キユウに殺されることを受け入れていたの?」
誰も答えなかった。
でも、その沈黙が答えのように思えた。
私は、自分の命を諦めていた。
自分が怖かったから。
自分の中にいる、もう一人の自分が怖かったから。
「……メイ」
小さく呼ぶ。
返事はなかった。
鏡を見る。
そこには、青ざめた私の顔だけが映っていた。
「メイ?」
それでも、何も聞こえない。
私は鏡から目を逸らした。
その瞬間だった。
頭の奥で、ほんの一瞬だけ声がした。
――違う
「……え?」
――あなたは、死にたかったんじゃない
声はそれだけだった。
私は鏡を見つめ直した。
けれど、そこには何もいない。
「メイ……?」
返事はなかった。
ただ、胸の奥に残った言葉だけが、何度も響いていた。
あなたは、死にたかったんじゃない。
なら
あの夜
私は一体、何をしていたのだろう。




