凶器
警察から連絡が来たのは
翌日の午後だった。
「アンさん」
電話の向こうの刑事の声は、いつもより硬かった。
「少し確認したいことがあります」
「はい」
「キユウさんの事件についてです」
胸がざわつく。
「何でしょう?」
「事件現場で発見された物について、あなたに確認したい」
「……私に?」
「はい」
私は指定された場所へ向かった。
警察署の小さな部屋。
机の上には。
一つの透明な袋が置かれていた。
中には
小型の金属製の道具が入っている。
「これが?」
「事件に使われた可能性がある物です」
「……」
「あなたの指紋が検出されています」
頭が真っ白になった。
「……私の?」
「はい」
「どうして……」
「事件当日の夜、あなたが触れた可能性があります」
私は袋を見つめる。
何も思い出せない。
触った記憶もない。
でも
自分の指紋がある。
「……私が使ったんですか?」
「それはまだ分かりません」
「でも」
私は震える声で言った。
「私が触ったんですよね」
「その可能性は高いです」
私は俯いた。
胸が苦しい。
また
あの三時間。
記憶のない三時間。
「……他には?」
「現場付近から、あなたの持ち物も見つかっています」
「私の?」
「はい」
机の上に写真が置かれる。
小さなアクセサリー。
見覚えがある。
「これ……」
「あなたのものですか?」
「……はい」
「事件現場の近くに落ちていました」
私は何も言えなかった。
そして
最後に
もう一枚の写真が出てきた。
紙切れ。
文字が書かれている。
『これで終わらせる。』
「……」
私の字だった。
また
私の字。
「これはどこから?」
「あなたの部屋からです」
「……」
「机の引き出しの奥にありました」
私は紙を見つめた。
『これで終わらせる。』
何を。
誰を。
どうやって。
分からない。
だけど
その文字を書いたとき
三年前の私と同じ気持ちだったのだとしたら。
答えは一つしかない。
――私を止める
「アンさん」
刑事の声が遠く聞こえる。
「何か思い出しましたか?」
「……いいえ」
「本当に?」
「はい」
「では、もう一つ」
刑事が資料を差し出す。
「事件当日のあなたの行動について、目撃証言があります」
「……」
「キユウさんと会った後」
「はい」
「あなたは、一人で歩いていました」
「……」
「そのとき」
刑事は慎重に言葉を選んだ。
「あなたが、誰かに向かって話している姿が確認されています」
「誰か?」
「はい」
「でも、そこには誰も……」
「映像では確認できません」
私は息を止めた。
「あなたは一人でした」
「……」
「ですが」
刑事が映像を見せる。
夜の道路。
私は一人で立っている。
そして
誰かと話しているように。
何度も頷いている。
最後に
自分の胸元を押さえた。
「……これ」
私は画面に近づいた。
「何を話してるんですか?」
「音声はありません」
映像の中の私が。
突然。
笑った。
でも
その笑い方は。
今の私とは違っていた。
冷たい。
感情のない笑い。
「……メイ」
私は呟いた。
「え?」
「何でもありません」
映像が終わる。
私は席を立った。
「もう一度、事件当日の場所へ行きたいです」
「危険です」
「分かっています」
「一人では――」
「ツキシロさんと行きます」
刑事はしばらく考えたあと。
「十分注意してください」
そう言った。
警察署を出る。
外は夕方だった。
私はスマートフォンを握る。
「メイ」
返事がない。
「いる?」
『いるよ』
「今の映像」
『見た』
「あなた?」
『……』
「答えて」
『私』
私は足を止めた。
「やっぱり」
『でも』
「何?」
『あのときのアンでもある』
「……」
『私だけじゃない』
私は黙った。
「じゃあ」
『うん』
「キユウさんを殺したのは」
メイは答えなかった。
「メイ?」
『……』
「ねえ」
『今は、言えない』
「どうして?」
『アンが決めることだから』
「何を?」
『自分が何をしたのか』
胸が締めつけられた。
私はスマートフォンを下ろした。
夕暮れの街を歩く。
人々は何も知らない。
普通に笑って。
普通に話して。
普通に帰っていく。
私は
その中を一人で歩いている。
自分が何者なのかも分からないまま。
そして
その夜
私は部屋の机の引き出しから
もう一つの紙を見つけた。
そこには
たった一言。
『キユウを終わらせる。』
そう書かれていた。
私の字で。
私は紙を握りしめた。
「……私が書いた」
頭の中で
あの夜の映像が浮かぶ。
キユウ。
暗い倉庫。
ユナ。
そして
自分の手。
「……私が」
声が震える。
「キユウさんを……?」
『違う』
メイが言った。
「じゃあ、誰?」
『……』
「あなたでしょう?」
『……』
「メイ」
沈黙。
「答えて」
『……アン』
「何?」
『もうすぐ思い出すよ』
その言葉を最後に
声は消えた。
私は一人。
暗い部屋に取り残された。
机の上には
私の字で書かれた一枚の紙。
『キユウを終わらせる。』
私は
その文字を見つめながら。
初めて
本気で思った。
――もしかしたら
キユウさんを殺したのは
メイではなく
私自身なのかもしれない。




