アンの記憶
私は、三年前の自分を知るために
昔の記録を集め始めた。
写真。
日記。
メッセージ。
学校の記録。
断片的なものばかりだったけれど。
少しずつ。
三年前の私が見えてきた。
十七歳の私。
今よりずっと暗い。
笑顔が少ない。
人と目を合わせない。
そして
何よりも
自分を信用していない。
そんな私だった。
「……本当に同じ人なのかな」
『同じだよ』
「メイ」
『私もアンだから』
「……」
私は昔の写真を机に並べた。
その中に
一枚だけ
何度見ても気になる写真があった。
三年前。
キユウと二人で写っている。
でも
撮影したのはユナらしい。
写真の中の私は
キユウを見ている。
キユウは
私を心配そうに見ている。
「このとき、何を話してたんだろう」
『覚えてる』
「本当に?」
『うん』
「教えて」
『アンは泣いてた』
「私が?」
『うん』
メイの声が少し遠くなる。
『キユウに何度も謝ってた』
「何を?」
『迷惑をかけてごめん』
「……」
『怖くてごめん』
「……」
『またメイが出てきてごめん』
胸が苦しくなった。
『そして』
「そして?」
『お願いした』
「何を?」
『私を止めてって』
私は目を閉じた。
記憶の奥から。
少しずつ。
声が蘇る。
『キユウ……』
『うん』
『私、また何かしたら』
『……』
『止めて』
『分かった』
『絶対に』
『……分かった』
私は息を止めた。
映像が浮かぶ。
キユウが泣いている。
私も泣いている。
そして
ユナが少し離れたところから二人を見ている。
『アンちゃん』
ユナが言う。
『本当にそれでいいの?』
『……うん』
『怖くない?』
『怖いよ』
『じゃあ、やめよう』
『でも』
私は首を振る。
『私が誰かを傷つける前に』
その先は
思い出せない。
「……どうして」
私は頭を抱えた。
「どうしてここだけ思い出せないの?」
『思い出さなくていいから』
「メイ」
『うん』
「あなたが消したの?」
『違う』
「じゃあ誰?」
『アン自身』
「私?」
『そう』
私は黙った。
『アンが耐えられなかった』
「……」
『だから忘れた』
「でも」
『全部じゃない』
「え?」
『必要なものだけ残した』
「必要なもの?」
『生きるために』
私はその意味を考えた。
生きるため
忘れることが
生きるためだった。
その日の夜
私はキユウの古いメッセージを調べていた。
残っていたのは数件だけ。
その中に
三年前のものがあった。
『明日、会おう』
キユウから私へ。
そして私の返信。
「うん」
次
「ちゃんと約束守ってね」
キユウ。
『分かってる』
私。
「怖い」
キユウ。
『俺も』
そこで
メッセージは終わっていた。
「……」
私は画面を見つめる。
約束。
何の約束なのか。
たぶん
私を止めること。
そして
キユウは約束を守ろうとした。
その結果。
ユナが死んだ。
「……私のせいだ」
口から自然に出た。
『違う』
「でも」
『アン』
「私がキユウに頼んだ」
『そう』
「ユナさんは私を助けようとした」
『そう』
「そして死んだ」
『……』
「だったら私のせいじゃん」
『違う』
「どうして?」
『アンだけのせいじゃない』
「でも」
『私もいた』
その言葉で。
私は黙った。
『私もいた』
メイが繰り返す。
『だから、私のせいでもある』
「……」
『でも』
「うん」
『誰か一人のせいにしたら、全部簡単になる』
「……どういうこと?」
『キユウが悪い』
『私が悪い』
『ユナが死んだのはアンのせい』
『そう決めれば、考えなくて済む』
私は黙って聞いていた。
『でも、本当は』
メイの声が弱くなる。
『そんなに簡単じゃない』
その夜。
私は一つの古い音声ファイルを見つけた。
日付は
三年前の最後の日。
再生する。
最初は雑音だけ。
そして
私の声。
「……お願い」
キユウ。
『本当にいいんだな?』
「うん」
『後悔しない?』
「分からない」
『アン』
「でも」
私の声が震えている。
「もう怖いの」
『……』
「私が私じゃなくなるのが」
私は画面を見つめた。
「だから」
しばらく沈黙。
「私を止めて」
音声が途切れた。
「……」
私はスマートフォンを置いた。
しばらく動けなかった。
そして
気づいた。
三年前の私は。
自分自身を止めてほしかった。
キユウに。
なのに
三年後
キユウは死んだ。
誰かに殺された。
その誰かは。
私なのか。
メイなのか。
まだ分からない。
ただ
私は一つの可能性を考え始めていた。
もし
キユウがもう一度。
私を「止めよう」としたのなら。
私は
彼を止めたのではないか。
自分を守るために。
無意識のまま。




