第8話「三女」
琥珀を見つけたのは、学校の帰り道だった。
制服のまま、袋を肩に下げて歩く姿は、どこにでもいる高校生そのものだった。
人気の少ない交差点を渡り、住宅街の方へ折れる。
遅れないようについていきながら、心桜が低く囁く。
『……あれが、妹ねぇ。普通じゃん』
『普通に見えるように、生きてきたんだろう。
だが、私や貴様のように、花を司る血は流れているはずだ』
心桜は返事をせず、前髪を耳にかけるふりをして視線だけを送る。
呼び止めたのは、細い路地に入ったところだった。
『琥珀』
菊乃が名を呼ぶ。
制服の少女が足を止める。
振り返った顔は、心桜と瓜二つではなかった。
だが、目元に、どこか共通するものがある。
琥珀は二人を見て、警戒したように一歩下がった。
『……どなたですか』
『話がある。短くていい』
『知らない人についていきません』
拒む声は、はっきりしていた。
逃げもせず、かといって近づきもしない。
距離の取り方が、すでに賢い。
心桜が、軽く手を上げる。
『まあまあ、怪しいのは分かるけどさ。
いきなり名指しで呼ばれたら、誰だって警戒するって』
『あなたも知らない人です』
『そうなんだけどね』
心桜は笑ったまま、琥珀の顔を改めて見る。
自分より少し若く、まだ世界を信じているような目。
胸の奥で、説明のつかないものが一度だけ動いた。
姉の記憶は断片である。
だが妹の記憶は、本当に何もない。
なのに、今こうして目の前にいる。
『……変な感じ』
心桜の呟きは、誰にも届かないほど小さかった。
菊乃が一歩だけ前に出る。
『私は菊乃。隣にいるのは心桜。
お前の姉だ』
琥珀の表情が、きゅっと強張る。
『……冗談はやめてください』
『冗談ではない』
『帰りたいです。家の人が待ってます』
拒む言葉の裏で、琥珀の胸は静かにざわついていた。
理由は分からない。
目の前の二人は、明らかに普通ではない。
白い髪の女は冷静すぎる。
ピンクの髪の女は笑っているのに、眼が笑っていない。
なのに、敵意だけが理由ではなかった。
どこかで嗅いだことのある花の匂いが、記憶の底をかすめた気がした。
見たことのない顔なのに、既視感がある。
それが、余計に気持ち悪かった。
『ごめんなさい。ついていけません』
琥珀は袋の紐を握り直し、後ろへ下がる。
その動きを、菊乃は止めなかった。
心桜が、面白そうに口の端を上げる。
『全然信じてないね』
『当然だ』
『どうするの、ねぇ』
菊乃は、琥珀が路地の出口へ向かう背を見送りながら、短く答えた。
『まだ、終わっていない』
琥珀の足音が遠ざかる。
住宅街の明かりが、少しずつ窓に灯っていく。
日常の景色の中に、二人だけが異質に残されていた。
心桜は夜の空を一度だけ見て、小さく息を吐く。
『妹って、ああいう顔をするんだ』
皮肉でも、優しさでもない。
ただ、初めて見たものに対する、素直な戸惑いだった。




