第6話「三人」
心桜は壁から背を離し、肩をすくめた。
『まあ、話は聞いたよ。
で、これからどうするつもり? その山の里にでも行くの?』
すでに次の行動を想定した口ぶりだった。
菊乃は、首を横に振る。
『まだだ。
もう一人、会う必要がある女がいる』
心桜の視線が、ゆっくりと戻ってくる。
『……は? もう一人?』
『三女だ。
お前の、妹になる』
作業場の空気が、一段沈んだ。
心桜の表情から、軽い笑みが消える。
代わりに出たのは、戸惑いと、わずかな拒絶だった。
『待って。妹?
私に、妹がいるの?』
『いる』
『……記憶にないんだけど』
『当然だろう。
お前が外に出たとき、三女はまだ幼すぎた。
覚えているはずがない』
心桜は覆いの位置を直すでもなく、その場で一度だけ小さく息を吐いた。
『姉の気配は、なんとなくあった。
高い背中とか、手を引かれた感触とか。
でも妹は……本当に何もない』
『これから会う』
『会って、どうするの』
『三人で、動く』
心桜はしばらく菊乃を見ていた。
値踏みするような目が、少しだけ揺れる。
『……話が大きくなってきたね。
金の話、ちゃんと追加してよね』
『分かっている』
心桜はもう一度、暗い梁を見上げた。
笑いは戻っている。だが、先ほどまでほど軽くはない。
『妹、か。
……どんな顔してるんだろ』
その言葉には、皮肉と、ほんの少しの興味が混じっていた。
菊乃は短く頷くと、作業場の出口へ足を向ける。
『明日動く。
お前も来い』
『はいはい。お姉さんの命令ね』
煽るような呼び方だった。
信用したわけではない。
ただ、一人で追われるより、隣にいた方が損は少ない——そう判断しただけだった。
出口の外で、夜風が二人の顔を打つ。
心桜は袖を一度払ってから、菊乃の隣に並んだ。
同じ方向を歩くのは、まだ始まっていなかった。
それでも、背中の距離だけは、昨夜より少し近くなっていた。




