第54話「師影」
紅華は、続けた。
「長は、三人を生け捕りにしろと特に命じている。
理由は言わない。
ただ、最近になって、私の血だけでは足りない、という空気がある」
菊乃の眼が、わずかに動く。
『四人分、か』
「分からない。でも、そう聞こえる」
心桜が、膝を抱える。
『話が、どんどん重くなるね』
『事実を共有するだけだ。
重さは、あとで引き受ける』
紅華は、彼岸花の一輪を指先で潰すように摘んだ。
「お母さんは、最深部にいる。
長の傍から、離れられない。
侵食が、外に出ると暴走する仕組みになってる。
だから、里の中でしか——救えない」
琥珀が、小さく頷く。
『……行きましょう。
四人で』
紅華は、その「四人」という言葉に、短い間だけ目を細めた。
そのとき、広間の入口で、足音が止まった。
青白い花弁が、風もないのに舞う。
一人の男が、立っていた。
整った装束。
片側の顔に、ひび割れと光る目。
クナイを下げた手が、静かだ。
紅華の顔から、血の気が引く。
「……蒼慈、先生」
男は、紅華を見て、短く息を吐いた。
「裏切ったな。紅華」
次に、菊乃を見る。
認識の色が、一瞬だけ過る。
「……菊乃か。
久しいな」
心桜が、刃を構えたまま二人を見る。
『……ねぇ。あんた、この人知ってるの』
琥珀も、戸惑ったように菊乃の横顔を見た。
『菊乃さんと、この人……』
菊乃は、花弁を一枚、指に挟んだまま応じた。
『里にいた頃、武術、そして人としての在り方を教えていた人物だ。
私の師でもあった。
才能がある、と目をかけてくれていた』
『先生、ってこと?』
『ああ。紅華にとっても、同じだ』
心桜が、低く息を吐く。
『……話が、また広がったね。
師まで敵側、か』
蒼慈は、説明を遮るようにクナイを構える。
「私は、里の子供を教え、紅華を育てた。
その子が、敵に付いた。
止めるのが、私の役目だ」
紅華が、立ち上がりかける。
「先生、違う。これは——」
「説明は、要らん。
見たもので、判断する」
青いプルメリアが、男の周囲に咲き始める。
毒と切れ味の、花の武装だった。
菊乃と紅華の間に、同じ師を見た沈黙が落ちる。
心桜は刃を握り直し、琥珀は刀の柄に手を添える。
四人の前に、かつての師が立っていた。




