第51話「耐戦」
槍が、降ってくる。
一振りごとに、風が割れる。
琥珀は刀で受けるでもなく、踏み込むでもなく、半歩ずつ位置をずらして耐える。
拙い。
なのに、致命の線だけは踏まない。
黄色い残像が、槍の軌道を先に描く。
右から来る。低く。次は上段。
体が、思考より先に動く。
——それだけではない。
一振りごとに、感情が乗っている。
怒り。
寂しさ。
捨てられた、という感触。
羨望。
そして、会いたかったという熱。
全部が、槍の穂先に載って、胸に刺さりそうになる。
『……そんなに、苦しかったんですか』
「黙って、かわしてよ」
紅華の声が、苛立つ。
なのに、槍は止まらない。
止まらないからこそ、感情が途切れない。
心桜が、広間の端で歯を食いしばる。
『……見てるだけ、無理』
『まだだ』
菊乃の手が、心桜の袖を離さない。
『あいつの読みが、続いている。
今割り込めば、崩れる』
琥珀は、また半歩ずれる。
穂先が袖を掠め、布が裂ける。
血は出ていない。
額の汗が、目に入る。
頭が熱い。
残像が、線になり、線が網になる。
紅華の次の三手まで、ぼんやりと見える。
感情の波が、それに重なる。
怒り → 突き。
寂しさ → 払い。
会いたい → 間合を詰める。
『……あなたの槍、泣いてる』
「ばかを言わないで」
紅華の踏み込みが、一段速い。
琥珀はそれを読み、膝を落としてかわす。
石の床に手をつく。
刀は、まだまともに振れていない。
それでも、致命だけは避け続けている。
彼岸花が、二人の足元で散っては咲く。
同じ顔が、同じ広間で、違う十六年間をぶつけ合っている。
琥珀は息を吸い、また残像を追う。
耐える。
読む。
感情を、拒まずに受け止める。
勝つための形は、まだ見えない。
なのに、折れないことだけは、自分の意思で選んでいた。




