第47話「彼岸」
アオイの広間を出ると、通路の景色が変わった。
壁も床も、赤い花で覆われている。
彼岸花だった。
今まで見てきた青の向日葵や黒の胡蝶蘭とは違う。
実在する花だ。
なのに、この深さで、季節も構わず咲き乱れている。
心桜が、足を止める。
『……これ、彼岸花だよね。
本物の』
『ああ。存在しない色ではない。
だが、ここに咲いていること自体が、おかしい』
『里の花、ってわけでもないのか』
『分からない。
少なくとも、これまでの道標とは質が違う』
琥珀は、花に触れずに通路を進む。
赤い花弁が、靴の先で散る。
甘い匂いの下に、鉄の匂いが混じっている。
——そして、感情が流れてくる。
アオイのときより、濃い。
悲しみと、怒り。
どちらも、向こうの奥からこちらへ向かって、絶え間なく押し出されている。
琥珀が、袖で胸を押さえる。
『……下の人、怒ってる。
悲しんでもいる。アオイさんより、ずっと』
『敵の感情か』
『敵、というより……誰かに、向けてる。
私たちに、かもしれない』
頭が、また熱い。
黄色い残像は出ていない。
なのに、赤い花の回廊を歩くたびに、感情の波が胸に当たる。
菊乃が、短く告げる。
『無理に読むな。
消耗する』
『……でも、止まらないです。勝手に入ってくる』
心桜が、琥珀の隣に並ぶ。
声のトーンは、いつもの軽さより低い。
『無理しないで。
感じすぎたら、言って』
『はい……』
通路は、まだ終わらない。
彼岸花は続き、下りは緩やかに深くなる。
红華の広間は、まだ先にある。
三人の影が、赤い花の海に溶ける。
表の世界で見たことのない量の彼岸花が、ただ黙って咲き続けていた。




