第43話「蒼撃」
コクランの広間を出ると、通路の空気が一変した。
音がない。
なのに、何かが飛んでくる。
壁が削れ、火花が散る。
姿の見えない刃——あるいは空間そのものが歪んで、直線の斬撃が三人を狙う。
『——右!』
琥珀の声が、斬撃より先に飛ぶ。
三人は右へ倒れ込み、見えない攻撃が左の壁を深く割った。
『また来る! 低い!』
今度は床を這うように回避する。
心桜が舌打ちをし、菊乃は花弁を一枚だけ散らして軌道をわずかにずらす。
『……姿が、ない』
『遠距離だ。向こうから一方的に撃てる』
琥珀の額に、汗が浮かぶ。
黄色い残像が、視界の端で点滅している。
以前よりはっきりしている。
「どこに来るか」だけでなく、「いつ来るか」の輪郭まで掴みかけている。
『前、まっすぐ。三つ連続!』
指示に従い、三人は速度を変えて進む。
一太刀、二太刀をかわし、三太刀目を菊乃の領域が薄く受け流す。
通路が、戦場の回廊になっていた。
琥珀は走りながら、歯を食いしばる。
攻撃に、感情が乗っている。
敵意だけではない。
悲しみだ。
切実で、重い。
撃ってくる側が、何かを悼んでいるような感触が、感知の奥に混じる。
『……この人、怒ってるだけじゃない。
悲しんでる』
『敵の感情まで、読むのか』
『分かりません。でも、痛いです』
心桜が、琥珀の背を一度だけ押す。
『無理しすぎないで。
でも、その読みがなかったら、今頃全員壁に埋まってる』
『……はい』
回廊が終わる。
大きな円形の広間が現れ、三人は足を止めた。
中央に、一人の女が立っている。
青い装束。静かな目。
感情の起伏が、ほとんど見えない。
なのに、琥珀には分かった。
さっきまでの斬撃に乗っていた悲しみの源が、目の前にいる。
女は、淡々と口を開く。
「四天王、アオイ。
子八根様の計画に、私情は不要だ。
お前たちを処理する」
処理——。
人間を対象にした言葉ではなかった。
広間の空気が、また歪み始める。




