表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/58

第42話「黒縛」

心桜が先に動いた。

小太刀が直線を描き、コクランの間合を削る。

一歩、また一歩。

序盤は、明らかに心桜が押していた。

なのに、コクランは不敵に笑っている。

「いい動きです。

美しい方は、戦い方まで綺麗なのですね」

『……調子いいこと言ってる場合?』

「ええ。まだ、本気ではないので」

その言葉と同時に、黒い花弁が広間を埋め尽くした。

『【黒の祝福】』

花弁が鎖のように伸び、心桜の手足を狙う。

縛り、固定し、動けなくする力。

心桜は紙一重でそれをかわし、頬を浅く掠められながらも距離を取る。

『……はあ、はあ。危ない危ない』

恐れながら、それでも笑っている。

指先は白い。

なのに、刃は下ろさない。

コクランの視線が、心桜の顔に貼りつく。

優雅な笑みの奥に、別の色が混じる。

「……気に入らない」

『何が』

「あなたの、その顔です。

何の努力もしていないのに、そうしていられるのが」

嫉妬だった。

丁寧語の下に、歪んだ感情が覗く。

心桜は、覆いのない方の眼でコクランを見返し、短く息を吐いた。

『……なにそれ。おばさん、やきもち?』

空気が、一瞬で変わる。

「——おばさん、ですって」

コクランの笑みが消える。

黒い花弁が棘になり、広間のすべてから心桜へ殺到する。

『ちっ……本気かよ』

かわしきれない。

拘束の鎖が足首にかかり、半身が固定される。

コクランが間合を詰め、手が喉元へ伸びる。

その寸前、心桜が覆いに指をかけた。

黒い布が上がる。

光るのは、前回とは違う質の眼だった。

圧が、世界を変える。

コクランの足が止まる。

伸ばした手が、途中で力を失う。

視界の奥で、自分が感じていたものが、別の色に塗り替えられていく。

恐怖が、美しい。

殺意が、美しい。

怒りさえ、美しい。

抵抗する理由が、内側から溶けていく。

逃げる必要もない。戦う必要もない。

目の前の桜色の女が、すべてを美しいまま終わらせてくれる——そう錯覚させる力が、瞳から流れ込んでくる。

「……な、に……」

コクランの声が、裏返る。

「これ……魔眼、ではない……。

違う……こんな、美しい、……嫌だ……」

嫌なのに、美しい。

恐いのに、抗えない。

自己の嫉妬も殺意も、美という名の膜に包まれて、動けなくなっていく。

「やめて……私の、心を……触らないで……」

膝が、床に落ちる。

黒い花弁は散り、鎖は力を失う。

コクランは床に両手をついたまま、肩を小さく震わせ——その拍子に、力なく横へ倒れた。

意識はない。

呼吸はある。もう起き上がる様子はなかった。

心桜はレースを戻し、肩で息をする。

笑いは出ている。指先の震えも、まだ残っている。

『……勝った。なんか、違う使い方だったけど』

菊乃が、短く頷く。

『瞳の力は、一つではないらしい』

琥珀は、刀の柄を握ったまま二人を見ていた。

もう一人の姉が、また別の終わり方を見せた。

恐ろしさと、安堵が、同時に胸を過る。

三人の足下で、黒い花弁だけが、音もなく散っていく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ