第37話「階層」
通路は、さらに分岐していた。
右は居住区の続き。左は管が多く、薬品の匂いが強い。
菊乃は左を選ぶ。
空気の流れが、より深い方へ向かっていた。
壁に、番号と短い文言が並んでいる。
実験区画。
適合率。
廃棄。
琥珀が、足を止める。
『……廃棄』
『読むな。今は』
菊乃の声は短かった。
心桜も、壁から目を離す。
知らない方がいい文字と、知ってしまった文字が、すでに混在している。
曲がり角を三つ越えたところで、空間が開けた。
中層、と呼べる広間だった。
天井に鉄の梁が走り、下には訓練用らしき環状の床がある。
誰もいない。
なのに、最近まで人がいた痕跡がある。水滴。引きずった痕。花弁の破片。
心桜が、環の中央を蹴らないように歩く。
『四天王って、ここで鍛えてるの?』
『分からない。だが、下級や実行部隊とは別の階層があるのは確かだ』
『上に四人。
その下に、さっきの伝える役。
さらに下に、あの大男や子供たち』
『整理すれば、そうなる』
琥珀は刀の柄に手を添えたまま、広間の出口を見ている。
出口は二つ。どちらも下り坂だ。
『……どちらへ行きますか』
『気配の強い方だ。
四天王が来るなら、先に芽を摘む。来ないなら、さらに下へ』
三人は、右の下りへ足を向ける。
壁の花が、青から灰へ色を変えていく。
実在しない色が、階層を示すように変わっていく。
途中、小さな監視窓のような穴が開いていた。
中は暗く、何も見えない。
なのに琥珀だけが、一瞬だけ顔をしかめた。
『……下で、誰か怒ってます。
敵意、というより、苛立ち』
『四天王か』
『分かりません。でも、強いです』
菊乃が、短く頷く。
『距離を詰める。
騒がず、不意を取れ』
心桜が刃の柄に指をかけ、琥珀の背を一度だけ見る。
『無理しないで。
前に出なくていいから』
『はい……』
三人の影が、下り坂の壁に溶ける。
階層の奥で、誰かの気配が、ゆっくりとこちらを向き始めていた。




