第36話「四天」
影は、三人の前で足を止めた。
整った装束。ひび割れの少ない顔。
これまで倒してきた敵より、明らかに格が違う。
だが、戦闘の気配より先に、観察する目があった。
「三人か。
……揃っている」
心桜が刃を構える。
『四天王、って言ったね。
あんたもその仲間?』
「下端だ。伝える役にすぎん」
男はそれ以上踏み込まなかった。
懐から小さな札のようなものを取り出し、壁に叩きつける。
音が空洞に走り、遠くで金属が応えるように鳴った。
「すでに知らせた。
逃げても、無駄だ」
『逃げるつもり、ないけどね』
男は短く笑い、通路の闇へ身を翻す。
追うこともできた。
菊乃は手を上げ、心桜の足を止めた。
『追うな。
今は、情報の方が大きい』
『逃がすの?』
『四天王、という名が出た。
里に階層がある。上に、少なくとも四人いる』
琥珀が、刀の柄を握ったまま小さく息を吸う。
『四天王……。
さっきの大剣や、白い人も、違うんですか』
『違う。あれらは実行部隊だ。
四天王は、その上』
三人は、男が消えた方向を見ない。
壁に残った札は、すでに熱を持たず、ただの破片になっていた。
心桜が、低く息を吐く。
『……話が大きくなってきたね。
姉さん候補、どうするの』
『深部へ進む。
四天王が来るなら、来させればいい』
『余裕だね』
『余裕ではない。
選択肢が、それしかない』
琥珀は天井の高い空洞を一度見上げ、すぐに前を向く。
子供の靴。妖華統合計画の文字。四天王。
知らなかった言葉が、今日だけで三つ増えた。
足は、まだ止まらなかった。
三人は、分岐の奥——より空気の重い方へ歩き出す。
撤退した敵の言葉が、背中に残っている。
すでに知らせた。
逃げても、無駄だ。
表の世界は、もう遠い。




