第35話「深部」
通路は、緩やかに下っていた。
壁の管が増え、滴る液の匂いが強くなる。
甘い花の匂いの下に、薬品と血が混じったような臭いがある。
琥珀が袖で口を覆う。
『……実験、してるんですか。こんなところで』
『しているだろう。
あの改造された体は、おそらくここで作られたものだろうな』
分岐を二つ曲がり、視界が開けた。
居住区、と呼べる区画だった。
石と金属で区切られた部屋が並び、簡素な寝具と棚が見える。
人の気配はあるが、今は空だ。
壁には、名前のない番号が刻まれている。
心桜が、扉の一つを指で押す。
中は空っぽで、床に小さな靴が残っていた。
子供のサイズだった。
『……最悪』
短く吐き捨て、扉を戻す。
琥珀は何も言えず、その靴から目を離した。
さらに奥へ進むと、別の区画が現れる。
ガラスと鉄の仕切り。
中は暗く、何が置いてあるかまでは見えない。
壁に、花の図が描かれている。
実在しない色の花。青の向日葵、黒の胡蝶蘭、灰の薔薇。
その横に、太い文字が刻まれていた。
——妖華統合計画。
菊乃が、文字の前で足を止める。
『……妖華統合計画』
『何それ』
『分からない。だが、花と人を組み合わせる計画の名だろう。
敵が口にしていた「計画」と、同じものだ』
『私たちを回収して、何をするつもりなんだろ』
『血を使う。それ以上は、まだ見えていない』
そのとき、通路の先で金属音がした。
足音ではない。
装備を引きずったような、重い音。
琥珀が刀の柄を握る。
『……来ます。一人。質は——さっきの子供たちより、上』
菊乃が手で制する。
『隠れるな。
通すと、後ろを取られる』
心桜が刃を抜き、隣に並ぶ。
三人の影が、人工の壁に短く映る。
通路の闇から、影が一つ、ゆっくりと現れた。
下級ではない。
大剣でも、白い手裏剣使いでもない。
別の、整えられた気配だった。
「花の血か。
……四天王の誰かに、知らせねばな」
低い声が、空洞に落ちる。
四天王——。
その言葉が、三人の間に初めて落ちた。




