第31話「鳥居」
夕方の光が、山の端に沈みかけている。
三人の前に、赤い鳥居が静かに立っていた。
石の柱に、薄い文字が刻まれている。
大原野神社。
かつて「京春日」と呼ばれ、奈良の春日大社から分霊を受けた古社。
長岡京の時代からこの地を守り、藤原の氏神として朝廷の崇敬を集めた場所だ。
祭られているのは、建御賀豆智命、伊波比主命、天之子八根命、そして比賣大神。
春日の四柱を、この西の地でも同じように祀ってきた。
参道の先には、石畳が続いている。
木々の葉が風に揺れ、どこかで水の音がした。
琥珀が足を止める。
『……この空気、変です』
『侵食の漏れだ。
中に近い』
心桜は何も言わずに、参道の奥を見ている。
嫌な記憶の端が、またくすぐるように浮かびかけていた。
菊乃は鳥居の額を見上げ、短く息を吐く。
『大原野……か』
『歌の山の、麓だね』
『ああ。入り口は、この先だ』
三人は鳥居をくぐる。
表向きは、ただの静かな神社だった。
参拝客の姿はない。時間帯が悪いのか、それとも別の理由か。
道中、敵が何度か口にしていた「子八根様」——。
社殿の案内に、同じ響きの神名が刻まれている。
天之子八根命。
心桜が、覆いのない方の眼を細める。
『……子八根様、って。
この地の神の名前?』
『分からない。
だが、無関係ではあるまい』
琥珀は刀の柄に手を添えたまま、参道の石を踏む。
母親の歌が、この場所まで三人を連れてきた。
鳥居の向こうに、池の気配と、桜の木の影が見えていた。




