第24話「夜話」
その日の移動を切り上げたのは、日が沈んでからだった。
三人は廃れた東屋の床に座り、火は焚かない。
山の冷気が、袖の隙間から入ってくる。
琥珀は膝を抱えるようにして、刀を横に置いていた。
沈黙が長く続いたあと、心桜が先に口を開く。
『ねぇ。
普通の高校生って、どんな感じだったの』
琥珀が、少し驚いたように顔を上げる。
『……普通、ですよ。
朝起きて、学校行って、帰って、宿題して』
『友達は?』
『いました。
でも、今は……もう、連絡できないと思います』
『そっか』
心桜はそれ以上聞かなかった。
責めるでも、励ますでもない。
ただ、受け取ったという間合いだった。
菊乃は東屋の柱に背を預け、目を閉じている。
眠っているわけではない。
周囲の気配を、領域ほどではない精度で拾っている。
琥珀が、思い切ったように声を出す。
『菊乃さんは……ずっと、一人だったんですか』
『ああ』
『寂しく、なかったんですか』
『感情は、出さない。
出せば、領域が崩れる』
短い答えだった。
琥珀は続きを聞けず、俯く。
心桜が、小さく息を吐く。
『厳しい人、だよね。あんた』
『事実を言っているだけだ』
『事実でも、言い方があるよ』
心桜の声は、菊乃に向けるときと、琥珀に向けるときで、明らかに違う。
前者は刺々しく、後者は角を落としている。
琥珀は刀の柄に指を這わせ、すぐに離す。
『私……まだ、怖いです。
昨日までの自分が、遠くなるのが』
『急に変わらなくていい』
心桜が、膝を抱えた琥珀の方へ顔を向ける。
『怖いなら、怖いって言えばいい。
無理に強くならなくていいよ』
『……はい』
夜風が東屋を抜け、遠くで鳥が鳴く。
三人の間に、また沈黙が落ちる。
昨夜までの緊張より、少しだけ密度が違う沈黙だった。
菊乃が、目を開けた。
『眠れ。
明日も、動く』
『分かってるよ』
心桜が手を振る。
琥珀は小さく頷き、刀を枕元に引き寄せた。
母親の話も、血の話も、まだ消化しきれていない。
なのに、同じ屋根の下で三人いることが、わずかに現実になり始めていた。




