第23話「手習」
昼の休憩を、道を外れた空き地で取った。
菊乃は琥珀の前に立ち、腰の刀を目で示す。
『抜け』
『……はい』
琥珀は両手で柄に触れる。
鞘が意外なほど軽く抜け、刀身が日光を反射した。
持ち方が分からず、刃を自分の方へ向けてしまい、慌てて戻す。
『使い方、分かりません。
持たされても……』
『最初から使える者はいない』
菊乃は自分の刀は抜かず、琥珀の手の位置だけを指で示す。
『柄を握る。力は入れすぎない。
足元は肩幅。瞬発的な動きは不要だ』
『瞬発、ですか』
『ああ。お前はまだ、振る必要はない。
まず、落とさないことだ』
心桜が木陰から、面白そうに見ている。
『お姉さん候補、厳しいね』
『黙っていろ』
琥珀は言われた通りに持ち直し、一度だけ素振りをする。
軌道は定まらず、先端が地面をかすめた。
顔が赤くなる。
『……全然、ダメです』
『当然だ。一日で身につくものではない』
菊乃は、琥珀の握っている刀を見たまま続けた。
『それでも、持っていろ。
持っていれば、お前の中を流れる血が、いずれ呼応する』
『血が……刀に?』
『花の血は、刃とも相性が良い。
詳細は分からない。だが、空手よりは確実にマシだ』
琥珀は刀を鞘に戻し、柄に手を添えたまま小さく息を吐く。
『……分かりました。』
心桜が立ち上がり、琥珀の隣に来る。
声のトーンは、いつもの軽さより少し低い。
『無理に振らなくていいよ。
まず、落っこちないようにするだけで十分』
『はい……』
『怖くなったら、後ろにいて。
前に出るのは、私たちでいい』
琥珀は少しだけ顔を上げ、短く頷いた。
刀の重さは、まだ自分のものではない。
なのに、鞘に手を添えているだけで、昨夜より足元がわずかに安定した気がした。
菊乃は空を見ず、西の稜線を確認する。
『休憩は終わりだ。
行くぞ』
『はい』
三人は再び歩き出す。
琥珀の右手は、ずっと刀の柄から離れなかった。




