第21話「生存」
夜の山道を、さらに西へ進んでいた。
街の明かりはすでに遠く、木々の影が道を覆っている。
琥珀が先に足を止めた。
『……誰か、いる』
菊乃が手で制し、心桜も黙って視線を鋭くする。
茂みの奥から、小さな音がした。
出てきたのは、女だった。
年齢は二十代半ばほど。服は汚れ、頬には古いひび割れのような痕が残っている。
目は濁っていない。まだ、自分の意志で動いている。
女は三人を見て、一瞬身を硬くしたあと、力の無い声で言った。
「……花の匂いがする。
あなたたちも、里の人間?」
菊乃は答えなかった。
女はそれを理解したように、小さく息を吐く。
「逃げるなら、今のうちよ。
上の者は、血を求めてる」
「入り口は……桜の根元。
千の眼を持つ桜の、足元」
それだけ言うと、女はもう一度三人を見た。
「もう、戻らないで」
言い残し、暗がりの中へ歩いて消えていく。
追う気配はなかった。
足取りはすでに覚束ない。
三人は、しばらくその場に立ち尽くしていた。
心桜が、低く呟く。
『……千の眼、か』
『桜の根元。
歌の続きと、重なる』
菊乃の声は静かだった。
琥珀は刀の柄を握ったまま、女が消えた方向を見ていた。
『あの人……里の人、なんですか』
『かつては、そうだったのだろう。
今は、逃げた側だ』
『血を求めてる、って……やっぱり、私たちの』
『ああ』
心桜が、前髪を耳にかけるふりをして小さく息を吐く。
『戻るな、か。
戻るつもりで来てないけどね』
三人は、女の残した言葉だけを持って、再び歩き出す。
桜の根元。千の眼。
名前も場所も、まだ地図にはない。
なのに、手がかりはまた一本、手の中に増えていた。




