第16話「歌詞」
三人は道の脇で足を止めた。
木陰に入り、琥珀が覚えていた歌詞をもう一度口にする。
今度は途中で止まらないよう、ゆっくりと区切りながら。
おしおのやまの やまおくに
ちいさなはなが ねむってる
つきがしずむ そのかなた
モネの蓮が うかんでる——
菊乃が、短く繰り返す。
『おしおのやま』
『……聞き覚えはあるか?』
心桜が首を傾げる。
『ない。山の名前? 地名?』
『分からない。
だが、西の山々、という感触と重なる』
『モネの蓮、は何』
『池だと思う。蓮が浮かぶ池。
それ以上は、分からない』
琥珀は二人の会話を聞きながら、歌詞の続きが出てこないかと口の中で探っていた。
出てこない。
二節だけが、理由もなく頭に残っている。
『……母親が、この歌を歌っていたんですか』
『ああ。逃げる前の夜も、途中まで聞こえた気がする』
菊乃の声に、感情は乗らない。
事実として、そう言っただけだった。
心桜は覆いのない方の眼で、西の稜線を見る。
『じゃあ、どうするの。
おしお、って山を探す?』
『西へ進む。
土地の人間に、名前を尋ねる。
歌に残る名前なら、どこかで繋がる』
『地道だね』
『今はそれしかない』
琥珀は刀の位置を直し、小さく息を吸う。
肩はまだ上がっている。
行き先は、まだ地図の上にない。
なのに、歌詞が一つあるだけで、昨日より足元がわずかに安定した気がした。
『おしおのやま……』
口に出してみる。
知らない名前なのに、どこかで聞いたことのある響きだけが残る。
菊乃が先に歩き出す。
『行くぞ』
『はい』
心桜が琥珀の隣に並び、声のトーンを少しだけ落とす。
『山、これからきつくなるよ。
無理しないで、ね』
『……はい。気をつけます』
三人の影が、細い道の上で長く伸びる。
おしおのやまの、やまおくに——。
名前の正体も、歌の続きも、まだ先にある。




