第13話「決断」
夜が、さらに深くなっていた。
琥珀はベンチに座ったまま、長い時間を沈黙で過ごした。
春は隣で何も急かさない。
菊乃も心桜も、答えを急がなかった。
やがて、琥珀が顔を上げる。
『……私がついていったら、おじさんやおばさんは、安全に暮らせるの』
問いは、菊乃に向いた。
菊乃は、一瞬だけ間を置いてから答える。
『それは、分からない。
ただ、ついてこなければ、この人たちが安全ではなくなるのは確かだ』
春が何かを言いかける。
琥珀は、それを手で制した。
拒んでも、向こうから来る。
自分の体が、自分の知らないうちに動いた。
もう、昨日までの普通には戻れない。
『……ついていく』
短く、そう言った。
心桜が、薄く笑う。
『決まりだね』
菊乃は懐から、小さな包みを取り出した。
布で巻かれたそれを、琥珀の膝の上に置く。
『受け取れ』
『……これ、何』
『私の古い忍び装束だ。
サイズは合わんだろうが、何もないよりはマシだ。
それと、刀』
包みの下から、一本の短めの刀が現れる。
飾りのない、実戦用の造作だった。
琥珀は手を出さなかった。
『刀なんて……持ったこと、ありません』
『これから持つことになる』
『物騒すぎます』
『お前を狙う側は、すでに刃を向けている。
空手が一番、物騒だ』
心桜が面白そうに口の端を上げる。
『まあ、持っておけば? 飾ってるだけでも雰囲気出るよ』
『雰囲気の問題じゃ……』
琥珀は、それでも包みに触れた。
布の感触は意外なほど軽く、刀の鞘は冷たい。
手に取った瞬間、自分の日常からまた一歩離れた気がした。
『……分かりました。持ちます』
声は小さく、決意というより受け入れに近かった。
菊乃は短く頷く。
『今夜は休む。
明日から、里の手がかりを追う。
お前も来い』
『はい』
琥珀は刀を抱えたまま、夜の空を見た。
黄色い残像は、もう出ていない。
なのに、胸のざわつきだけは残っていた。
春が、静かに立ち上がる。
「行ってらっしゃい。
……生きて、戻ってきなさい」
琥珀は振り返り、一度だけ深く頭を下げた。
三人の影が、街灯の外で長く伸びる。
同じ方向を向くのは、ここからだった。




