第11話「襲撃」
空気が、先に変わった。
公園の街灯が、一度だけ揺れる。
影は、足元の闇から立ち上がるように現れた。
黒い装束。白い目。肌のひび割れ。
港で見たのと同質の影だった。
「子八根様の命だ。回収する」
低い声が、複数重なる。
狙いは明確だった。琥珀だ。
春が琥珀を庇うように立つ。
心桜は即座に刃を抜き、琥珀の前に回った。
『……こいつら、本気だよ』
一方、菊乃は動かない。
緑の花弁も、まだ咲かせていない。
ただ、静かに刺客の数と間合を測り、視線だけを琥珀に固定している。
心桜が短く叫ぶ。
『ねぇ、動いた方がいいんじゃない?』
菊乃の答えは、冷たかった。
『あれ程度に手も足も出ないなら、連れて行く価値はない』
心桜が、はっきりと顔をしかめた。
『……はあ? 今の、本気で言った?』
『本気だ』
心桜の視線が、ドン引きしたように離れる。
それでも刃は下ろさない。
琥珀を背に、刺客と向かい合ったまま、低く吐き捨てた。
『最悪の姉だね、あんたは』
その瞬間、先頭の刺客が踏み込む。
琥珀は動けなかった。
恐怖と、説明のつかない圧が、同時に胸を衝く。
視界の端で、黄色いものがちらついた。
綿毛のような、見たことのない残像。
——来る。
誰も言っていない。
なのに、次の刺客の軌道が、頭の中に先に流れ込んでくる。
刃が自分の喉を突く未来。
春が庇って倒れる未来。
心桜が間に合わない未来。
全部が、重なって見える。
『——来るな』
声が、自分の口から出ていた。
同時に、琥珀の体が半歩だけ横にずれる。
意図したわけではない。
足が、勝手に動いた。
直後、刺客の刃が、彼女のいた位置の地面を削った。
砂が弾け、粉が舞う。
心桜が舌打ちをする。
『今の、避けた?』
菊乃の眼が、細くなる。
——感知。
しかも、無意識の回避。
今、確かに花の血が動いている。
『……確認できた』
菊乃が、ようやく手を上げた。
緑の花弁が、音もなく周囲に広がる。
座標が固定され、刺客の軌道が狂い始めた。
踏み込んだ足が空を切り、振り下ろした刃は花弁の一つに吸い込まれて消える。
『遅すぎ』
心桜の声は、罵りに近かった。
『必要な確認は、終わった』
菊乃は短く応じただけで、次の花弁を散らす。
刺客の動きが一拍ずつ遅れていく。
間合を潰され、背を露出し、最後は膝から崩れた。
殺しはしない。動けなくするだけだ。
残った一体が、撤退を選ぶ。
白い目が菊乃を一瞥し、闇の中へ溶けた。
「子八根様の——」と聞こえた言葉は、途中で切れた。
静かになった公園に、荒い呼吸だけが残る。
琥珀はベンチの脚に手をついたまま、自分の足を見ていた。
さっき、なぜ動いたのか分からない。
黄色い残像は、まだ完全には消えていない。




