第10話「平行」
移した先は、駅から離れた公園の隅だった。
街灯は一本だけで、ベンチの影が長い。
春は琥珀の隣に座り、菊乃と心桜に向き合っている。
姿勢は崩していない。だが、指先だけが膝の上で動いていた。
「昨夜、琥珀から聞きました。
名を知らぬ女が二人、姉だと名乗ってきた、と」
『事実だ』
「母親の名は、桔梗で合っていますか」
菊乃の眼が、わずかに細くなる。
『合っている』
春は目を閉じ、ゆっくりと開けた。
「……やはり」
琥珀が、春の袖を引く。
『おばさん、やっぱり知ってるの?
私の母親のこと』
「知っている、とも言える。
詳しくは、まだ話せない」
『まだ、って……』
「あなたを普通に育てるのが、私の役目だった。
それ以上のことは、言わない方がいいと思っていた」
心桜が、ベンチの背に体重を預ける。
『都合いい保護者さんだね。
知ってるくせに、黙ってたわけでしょ』
「ええ。黙っていました」
否定しなかった。
その率直さが、かえって場の空気を重くする。
菊乃が、短く切り込む。
『母親は里に残った。
計画が進んでいる。
花の血筋を回収する動きが、すでに出ている』
『回収……?』
琥珀の声が、小さく裏返る。
『私を? 普通の高校生の私を?』
『普通に見えるように生きてきただけだ。
血は、同じだ』
琥珀は袋の紐を握ったまま、うつむく。
理解が追いつかない。
母親。里。血。回収。
昨日までの言葉が、どれも遠くに聞こえる。
春が、琥珀の背に手を添えた。
「琥珀。
今すぐ答えを出さなくてもいい。
ただ……」
言いかけて、春は口を閉じる。
微かな揺らぎが、その眉間に出た。
隠し通せる確信が、昨夜より薄くなっている。
心桜が、低く笑う。
『隠れきれないよね、こういうの。
いつか来るって、分かってたんでしょ』
春は答えなかった。
否定も、肯定もしない沈黙だった。
公園の外で、自転車のベルが一度鳴る。
日常の音が、四人の間だけを避けて通っていく。
琥珀は顔を上げなかった。
拒む気持ちは、まだ消えていない。
なのに、春の手がいつもより少し熱いことだけが、胸に残った。




