第7話
今回、お嬢はギルドで運び屋のクエストを受けた。
クエストは成功すれば報酬を受け取れるし、失敗すれば受け取れない。
受け取れないだけならましで、クエストによっては罰金が発生したりする。
罰金額を設定するのはギルド側だったり、発注主だったり、場合による。
今回はこいつら『えらい犬』側で設定したというのはギルドに確認済だ。
「このポーションが正規品と同じように効くなら考えてやらんでもないがなぁ……」
「それならバッチリよ。俺で実験済。ほれ、ざっくり。痛かったー、これ」
俺はオクトプスにぶった切られた腕を見せた。
白いシャツの右腕部分がざっくり切り裂かれて血に染まっている。
ちなみに、俺はいつも白いシャツに黒いズボン、黒い靴をはく。
楽だからだ。
ファッションセンスなんてないんだから、そんなところに毎日頭を悩ませたくない。
林檎PCのスティーボさん方式だ。
「お前、これ結構ざっくりいってるじゃねぇか……大丈夫だったのか? でも傷跡がない……これがポーションで治ったんならかなりイイな。でもなぁ……ホントかなぁ……」
「おい俺たちを疑おうってのか? ギャングってのはある意味、信用商売だ。嘘はつかねぇよ。なにより、このメンツを見てみろ!」
「あァ?」
カーネムは俺を見る。
そして、土下座中のお嬢、ブレイクの顔を順番に見ていった。
「どうだ、俺たちが嘘をつくなんて器用なことができると思うか?」
「思わねぇな……」
カーネムは腕を組んでウーンと悩み始めた。
赤いトサカがふらふらと揺れている。
あと一押しでいけそうだな。
なにか、あとひとつ決定打になるような話はないか……と考えていると、ふと遠くから犬の鳴き声と男の怒声が聞こえた。
「ワンッ! ワンワンッ」
「あっ、待ちやがれ泥棒犬が!」
犬のチャッチャッチャッという足音と、人間の走る足音は、このエライーヌどものアジトへ向かってきている。
「おい……あれは……ボスの鳴き声だ!」
「エライゾの? なんだトラブルか?」
数秒後、アジトの庭の入口から勢いよくエライゾが駆け込んできた。
そのうしろを、見知らぬ男が追いかけてくる。
「ボスッ!」
「グルルゥッ……ワンッ!」
勢いよくカーネムの胸に飛び込むエライゾ。
エライゾは口に小さなバッグをくわえている。
そのバッグを受け取ったカーネムは、赤いトサカをかっくんかっくん揺らしながら相手の男をにらみつける。
こいつやっぱニワトリ系獣人だろ。
「オゥオゥオゥオゥ! てめぇよォ! ウチのボスになにしてくれてんだコラァ!」
相手の男は少し背の低いおっさんで、猿みたいな顔をしている。
猿顔の男は少しひるんだ様子を見せたが、言い返す。
「チッ、飼い主がいたのかよ……! そのクソ犬がオレのバッグをひったくりやがったんだよ。返しやがれ!」
「ボスがそんなことするわけねぇだろうがァ! ボスはウチのチーム『えらい犬』のボスなんだぞ! しかも名前がエライゾだ! えらいに決まってる! そんなえらい犬がひったくりなんてするわけねェ!」
「そんなアホみたいな理屈があるか! どう考えても頭が悪そうな名前だろうが!」
「ワンッ! ワンワンッ!」
「ボスもひったくりはしてないって言ってるぜェ!」
「嘘つけ!」
猿男とニワトリ野郎と犬の口喧嘩が始まった。
ダメだ、この場には動物しかいねぇ。
主役のモモタロサァンがいねぇと収集がつかねえだろこれ。証拠もなさそうだし。
「おいニワトリ野郎。きび団子あげるから、俺もう帰っていい?」
「ハァ? キビダン? わけわかんねえこと言ってねぇで、お前は衛兵でも呼んでこいやトラッシュゥ!」
まがりなりにもギャング集団が衛兵に頼るんじゃないよ、まったく。
このスラム街に来てくれる衛兵なんてオクトプスくらいだし、俺としてはさっき少しやり合った件もあるから呼びたくない。
でも、あのおっさんなら呼ばずとも、
「全員動くなぁぁぁ! ひったくりの現行犯で逮捕する!」
「チッ……クソが! もう来やがったか!」
来るんだよなぁ。
勘が鋭いし、仕事はできる奴なんだよ。
エライーヌの庭にドカドカと走りながら飛び込んできたオクトプスは、そのまま猿男を拘束した。
カーネムは泣きそうな顔でオクトプスにたずねる。
「旦那、うちのボスはなんも悪いことやってねぇよな?」
「おう。その犬っころはバッグを取り返してくれただけじゃい。捕まえたりせんから安心せい」
「おぉ、やっぱりボスは最高だぜ! ボス、今日の夜ご飯はバルバルボアの肉にしましょうや! ……ボス? ……エライゾ!」
バルバルボアは貴族が食べるような高級イノシシ肉だ。
こいつらそんなの買えるほど稼いでるのか? うちよりリッチなのか?
そんな人間でもよろこぶような贅沢な肉ならエライゾもよろこぶはずなのに、その呼びかけに反応はなかった。
見ると、俺たちから少し離れた場所でエライゾは力尽きたように倒れていた。
口からは血が出ている。
「ハッハッハ! ざまあねぇ!」
猿男が拘束されたまま笑い出した。
「テメェ……ボスになにしやがった?」
「バッグを奪われたときに蹴り飛ばしてやったんだよ! へへへ……その後すぐに走り出しやがったから効いてねぇのかと思ったが、きっちり効いてるじゃねぇか……そのまま死んじまえ! ハッハッハ、グベェッ……!!」
カーネムは猿男の顔を蹴り飛ばし、エライゾのもとへ走りよった。
エライゾは息もたえだえで、このままだと本当に死ぬかもしれない。
「ボスゥ……おれたちでこの街まとめ上げて、ワンワン王国を作ろうって誓ったじゃないですかぁ……死んじゃ嫌ですよォ……!」
「ワ……ワゥ……」
お前らじゃあこの街をまとめるのは無理じゃねぇかな……てかワンワン王国はいろいろまずいだろ……ってそんなこと考えてる場合じゃなかった。
このままじゃマジでエライゾが死んじまう。
カーネムたちがどうなっても心が痛むことはねぇけど犬が死ぬのはよくない。
「おい、カーネム、さっさとポーション使ってやれよ」
「ハッ……そうか! トラッシュ、ここに注げ!」
カーネムは懐から犬用の水飲み容器を取り出した。
どこに何を入れてるんだよ。
すっかりいい飼い主だな。お前ギャング辞めたら?
俺はそこにハートポーションを注ぐ。
「ほら、飲んでくれボス!」
エライゾはぺちゃぺちゃとポーションを飲み始めた。
最初は弱々しく、いつしか激しく、舌でポーションをなめとっていく。
半分くらい飲んだところで、おもむろにエライゾが立ち上がった。
「ワン……?」
「ボス……?」
「ワワンッ!」
「……復活だァァァ!」
固唾をのんで見守っていた『えらい犬』の野郎どもが「ウェーイ!」と叫びながら庭中をぐるぐる走り回り出した。
エライゾもそれを追いかけて走り回っている。
こいつら全員、よろこびかたが犬すぎる。
そのほほえましい光景を、俺とオクトプスが後方腕組みおじさんと化してながめていると、いつの間にかフラウも横にきていた。
「よかったですわね。ワタクシの運んだポーションが、みんなの命を救ったんですわ。これがノブリージュですわね」
「ノブレス・オブリージュな。ってか、なに良い事した風に語ってんだ、お嬢。作ったのは俺とエピスだし、運んだのはブレイクな。お前は瓶を割ってスラム街の汚ねぇ地面にポーションをばらまいただけだろうが」
「ひどいですわっ。土下座もちゃんとしましたわよ。おでこが痛いですわ」
よく見ると、お嬢のひたいから血がでていた。
迫真の土下座じゃねぇか。
俺はエライゾが飲み残したポーションを、お嬢のひたいにちょちょいとかけてやった。
「んもう、扱いが雑ですわね。でも、ありがとうございますわ」
おでこのケガはあとかたもなく消えた。
俺がお嬢のおでこをチェックしていると、なにやらお嬢がボーッとこちらを見つめていることに気づいた。
「なんだ? ケガは治ったと思うけど、まだ痛むのか?」
「トラッシュ……なんか今日は、いつもより、かっ、かっこ……ゲフン。そのー、あれですわね」
「あれ?」
「もう……にぶいですわね! あれ! あれですわ」
「アレ」といえば、俺の脳内には「優勝」の二文字しか思い浮かばなかったが、たぶん間違いだ。
俺とお嬢の間にただよう妙な空気は、カーネムの悲鳴によって切り裂かれた。
「ダメです! ダメですボス! ボス、コラッ、エライゾ! そんなはしたないまねしてはいけません!」
「ワゥゥ……ワン! ハッハッハッハッ」
エライゾがカーネムの脚にすがりつき、カックンカックン腰を振っている。
「ちょっ、どうなってんだトラッシュゥ! お前が持ってきたポーション、やっぱヤバイ薬だったんじゃねぇだろうなァ!?」
「チ、チガウヨ、ゼンゼンチガウヨ」
「オレの目ェ見て話せやァ!」
俺はエライゾたちの痴態から目をそらしつつ、ちらりとハートポーションに金視眼をつかった。
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ハートポーション
深い赤色の水薬
強い癒しの効果を持つ
副作用として、隣人に親愛の情がわく
その傷が癒えたなら、敵の血を見て泣けるだろう
あらたな傷をのぞむなら、友の血を見て笑えるだろう
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『副作用として、隣人に親愛の情がわく』ってのがやはりネックだな。
これは使い方に注意しないと。
「よし、治験データも取れたし、罰金もチャラになったし、帰るか」
「オイィィ! トラッシュ待てやァ! いま治験って言ったか!?」
「カーネム、エライゾが元気になってよかったな。二人の子供ができたら、また出産祝いでも持ってくるわ」
「オイッ! 待って! これいつ終わるんだ!? アッ、チョッ、エライゾ、ヤメテ……アァァアァ~」
ニワトリのような悲鳴を聞き流しながら、俺たちは家路についた。




