第52話
遠くから女性の悲鳴が聞こえる。
全員が聞こえたようで、思わず顔を見合わせる。
「ちょっと静かにせぇ! どっちから聞こえた……?」
目を閉じて耳をすませる3馬鹿トリオたち。
悲鳴がまた聞こえた。それも今度は男の叫び声まで混じっている。
被害が広がっている?
「あっちや! チッ……お前ら、話はいったんおあずけや! ガリオ、ブータン、行くで!」
「「へいアニキ!」」
ハゲたちは村の入り口のほうへ向かって走って行った。
俺たちはその背を見送った後、また顔を見合わせた。
「モメごとかしらねぇ。どうする~、トラちゃま? アタシが『変身』して追おうか?」
「まだ脱ぐなよ! そもそも、あいつらが言ってたように、ここは神扇組のシマだろ? あいつらが解決すんだろ」
何が起きたのかは知らないが、ただの痴話喧嘩で夫婦が殴り合いしてる可能性だってあるわけだし、めんどくさいことに巻き込まれる前に俺たちは村を出るべきだろう。
ブレイクを厩舎から出し、馬車に手早く荷物を詰め込んだ。
「全員乗ったな。ブレイク、出してくれ」
「了解ダゼ。村を出るには、さっきの奴らが走っていったほうに行くことになるけど、いいんダゼ?」
「しゃあねぇだろ、フラウス王国へ向かうにはそっちの道しかねぇんだから」
そう告げたとたん、急発進する馬車。
馬車内ですっころぶ俺たち。
「馬鹿野郎! スピード落とせ!」
「無理ダゼ、聞こえてるんだろう? ボスだって」
あぁ、聞こえてるぜ、村人の悲鳴がな。
馬車が村の入り口へ近づくにつれ、悲鳴は大きくなっていく。
「キャー、助けて!」「はやく逃げろ!」「家の中に入って戸を閉めろッ」
あぁ、あぁ、あぁ、クソが。
「アニキ、もう一匹来やした!」「二人で頼む! こっちはワシが止めるッ」
村の入り口近くの広場では、3馬鹿トリオが虎のような魔物と戦っていた。
ケガをして逃げ遅れている村人もいる。
「ボス! あれ、ぼくとゴルちゃんが襲われた魔物だよ!」
タンテが泣きそうな顔でこちらを見ている。
こいつは喧嘩が弱いし、そもそも血を見ただけで気絶しちまうのに、こういう場面で人を助けにいこうとするんだよな。
「トラッシュ、ワタクシはなにをすればよろしくて? ノブリージュの準備は万端ですわ」
ノブレス・オブリージュな?
この状況でお嬢の『お花畑』が役に立つとは思えないけど、気持ちだけは買おう。
「リベンジマッチというわけねぇ~。こんな小さい村なら衛兵もこないし、変身してもいいわよね、トラちゃま?」
ゴルちゃんはお嬢と違って、正真正銘のノブレス・オブリージュを知っている。
なぜなら、廃嫡された貴族だからだ。庶民とは考え方が違う。
当然のように、民を助けるのだろう。
『神のゴミ箱』は、いったいなにを考えているんだろう?
そもそも、俺らは衛兵でも白ギルダーでもない。ギャングだぜ?
他国の人が困っているからといって、助ける義理なんてない。
俺は正直、乗り気じゃない。
多分、今この状況で俺一人だったら、こっそり逃げてたね。
でも、ブレイクが、タンテが、お嬢が、ゴルちゃんが、期待した目で俺を見てる。
ボスの号令を待っている。
あぁ、あぁ、あぁ、わかったよ。
「クッソ……。ハァ……やるしかないのか……。ゴミ野郎ども、いけるか?」
なんでお前らそんなに嬉しそうな顔なんだ?
お人好しばっかだな。
お前らギャングなんてやめちまえ。
「タンテ、お嬢。お前らは逃げ遅れた村人の避難を手伝え。くれぐれも戦闘に加わるんじゃねぇぞ」
「わかったよ」「了解ですわ」
「ゴルちゃん、この状況なら仕方ない、スキルを使ってくれ」
「そうこなくっちゃねぇ~」
「ブレイクは敵から逃げながら、そのへんぐるぐる回ってろ。倒せそうなら倒してもいいが、痛みに弱いんだから無理すんな」
「わかったゼ」
「俺は状況を見て立ち回る。じゃあいくぞ? 全員、死ぬなよ!」
「「「「おう!」」」」
みんなが方々へ散っていくなかで、ひとまず俺は3馬鹿トリオに声をかけた。
「おいハゲ! どういう状況だ!」
「誰がハゲや! ワシはデンキウっちゅう立派な名前があるんじゃ!」
「この場かぎりで助太刀する! さっさと状況説明しろ電球!」
「デンキウじゃボケェ! けど、すまん恩に着るッ! なんやようわからんけど、曖昧猛虎がおしよせてきよる! とにかく村人を守ってくれ! クッソォ~、今までこの辺でこんなん起きたことなかったのに……まさか、人のしわざか? カチコミかコレェ!?」
知らねぇよ。今ここで推理すな。
街中でゴルちゃんたちも曖昧猛虎に襲われてたし、ハンサイでは割とよくわることなのかと一瞬考えたが、地元の人間が『こんなことなかった』と言っているんだから、異常事態ではあるわけか。
つまり、この魔物の波がどの程度で収まるかわからないということ。
ゴールの見えないマラソンとか最悪だな。
3馬鹿トリオは意外とやるようで、魔物の死体がすでに何体か転がっている。
彼らは連携を重視して戦うようで、ガリがナイフを使いながらちょこまかと陽動し、デブが敵の攻撃をメイスで止め、脚をとめた魔物をハゲが剣でしとめるという流れができている。
だがその連携ですべての魔物をさばききれるわけではない。
曖昧猛虎は、あとからあとから沸いて出てきていた。
村の外から来ているようだが、行きしなにこのあたりを通ったときは、そんなに魔物はいなかった。
何か異常が起きているようだ。
3馬鹿がさばききれなかった魔物は、ゴルちゃんにとりあえずまかせておけばいいだろう。ゴルちゃんも同じことを考えているようで、俺に向かってうなずいた。
そして、
「変身ッ!」
ゴルちゃんがそう叫ぶと、彼の体が虹色の光に包まれていく……!
「うわっ、まぶしっ! なんや!? 新手の魔物か!?」
光を反射して、デンキウのハゲ頭も虹色に輝いている。
光がおさまったそこには、右手にロングソードを、左手に丸盾を持った全裸のゴルちゃんがいた。
すでに剣で乳首を、盾で股間を隠している。まぁ、こっちからケツは丸見えだが。
スキルのおかげで若干パンプアップされた肉体は黒光りした彫刻のような美しさがある。
「うわぁ! なんやお前!? なに脱いどんねんッ……トラッシュ、お前んとこの人間イカれとんかぃ!」
「すまん! 全員イカれてるから、そのつもりで心の準備を頼む!」
「先に言うとけアホンダラ!」
「失礼しちゃうわっ! それより来たわよ!」
1体の虎をデンキウたち3人で処理している間に、新たな猫がやってきた。
猫は、裸の男を食いやすいエサだとでも思ったのか、にゃあと鳴いたかと思うと、突如、虎ほどのサイズに膨れ上がった。
そして、そのまままっすぐにゴルちゃんへ向かって行く。




