第51話
いつの間にか俺の近くにイスを持ってきていたシスターは、しれっと俺らの机に混じっていた。
近くで見ると、当然のように贅肉は少なく、意外と背が高く、そしてまたまた意外にも整った顔をしている。
ただし、眉毛も目も鼻も口も、すべてのパーツがするどく、少しキツい印象の女だった。
年齢は20を少しこえたくらいだろうか。
「なにしてんだよ、今から飯食うんだよ、ここは相席居酒屋じゃねぇぞ」
「奇遇ですね。私も朝餉をいただくところです」
「トラッシュ、ちょっと冷たいですわよ。きっとひとりでさみしいのですわ。同席してもよろしくてよ」
「お前は勝手に……ハァ……もう好きにしてくれ。ただし相手はお嬢がしろよ……ってそれはそれで不安だから、俺が喋る。宗教と野球の話は禁止ね」
「やきゅう? はて? まぁ、よいでしょう。新光終教はいつでもあなたをお待ちしております。今日だけであなたの心を変えるつもりはありません」
お嬢はもう友達モードに入っちまってるけど、宗教のこととか何も考えてねぇなこれは。
ゴルちゃんは愛想笑いをしているが、少し表情が固い。こいつらのやっかいさを知っているんだろう。
タンテは不思議そうな顔をしている。
「はい、ハンサイケーキ5人前や! シスターさんもここで食うんやったら、ここ置くでぇ」
「はい、ここにお願いします」
「ハンサイケーキ……なんだか思ってたのと違いますわ。甘くなさそうですわね?」
「そらそやろ。粉もんやもん。まあ食うてみ? うまいで?」
ハンサイケーキという名前が紛らわしいけど、要するにお好み焼きである。
ここでも黒ソースがべっとりぬられており、ソースのいいかおりが食堂にただよっている。朝からお好み焼きなんて、あんまり食った記憶がないな。ちょっと重くないか?
「あら! これもパコ焼きと同じくらいおいしいですわねぇ」
「せやろ? じゃんじゃん食うてくれや!」
美人にほめられて上機嫌の主人はニコニコしながらキッチンに戻っていった。
俺たちはハンサイケーキを食べ進める。
「ゴルちゃんは食ったことあったのか、ハンサイケーキ」
「あるわよぉ。クセが強いけど悪くないわねぇ。ところで今日はどうするの、トラちゃま?」
「そりゃまっすぐ帰るだろ。これ食ったらすぐに出る。今日中に国境をこえられるだろ」
「あなたがたはフラウスの人間なのですか?」
シスターが口をはさんできた。
「そうだぜ。あー、あんたの名前は? 俺はトラッシュだ。覚えなくていい」
「トラッシュ様ですね。私はリメアと申します。ご認識のとおり、新光終教のシスターをしております」
この村は小さいので教会の建物は存在しない。
ではなぜ彼女がここにいるかというと布教活動だという。
教会の人間は各地に布教活動をするため、こういった小さな村にも少しの間滞在して、村人に声をかけたり、ケガ人などがいれば教会謹製のポーションを使って人助けをするのだとか。
「ちょうどよいです。あなたがたの中にケガ人は?」
「いないいない。出さなくていいから、ポーション、かけなくていいから!」
「そうですか」
こいつ勝手に俺のハンサイケーキにポーションをかけようとしやがった。
それで金を取るんだもんな。当たり屋だよ。
やいのやいの言いながら飯を食っていると、宿の階段から誰かが降りてくる気配があった。
あくびをしながら降りてきたのは男3人組。
ハゲ、デブ、ガリの少しガラの悪そうな奴らだ。
「おぉ、えぇ匂いやんけ。おっちゃん、おれらも朝飯頼むわ」
「はいよ、そこ座って待っといてんか」
「こっちの机しか空いてへんのか。あれ? なんやそっちの机は、かわい子ちゃんがおってえぇなぁ! うちはむさくるしい男ばっかやのに」
「一番むさ苦しいのはアニキですやん」「オデもそう思う」
「じゃかましわ! お嬢ちゃん、名前なんて言うんや? こっち来るか? そっちの弱そうなお兄ちゃんよりワシのほうが……って、お前は!?」
やっぱりそうだよな……なんで神扇組の3馬鹿トリオがこんなとこにいるんだよ。
『ゴミ箱』から木刀を取り出しながら、俺は席を立った。
「ゴルちゃん! 戦闘準備!」
「えぇ!? いやよ朝から脱ぐのは~」
愚痴りながらも、すぐに立ち上がるゴルちゃん。まだスキルは使わない。
「ちょちょちょ、ちょぉ待てぇや! こんなとこで得物抜くとかなに考えとんねん!」
「そっちこそ、こんなとこまで俺をつけ回して何が目的だ! また拉致でもすんのか?」
一触即発の空気が食堂を満たす。
全員が沈黙し、宿屋のおやじがハンサイケーキを焼くじゅうじゅうという音だけが聞こえる。いい匂いだ。
「……ここはアカン、おもて出ろや」
「……そうだな」
俺たちが宿を出ようとすると、宿のおやじが止める。
「飯はちゃんと食うて行かんかい!」
「え? いや、いまそんなこと言ってる場合じゃねぇんだけど……」
「腹が減ったら戦はできん言うやろ? あんたら今から喧嘩するんやろ? ほな先に飯食わなアカンがな」
「おっちゃん、さすがに無理あるて……!」
「はい、お待ちどーさん、ハンサイケーキ3人前や!」
「「……」」
結局、俺たちも、3馬鹿トリオも黙々とハンサイケーキを食うはめになった。
お互い、チラチラと視線をやりながらも、完食しきった後、仕切り直して外へ出る。
一触即発という状況を脱してしまい、なんだか気の抜けたまま向き合う俺たち。
「それで、なんでここにいるんだよ。まだハリセンをあきらめてねぇのか?」
「ちゃうわい! いやハリセンはほしいけど、今回は違う。たまたまや! お前らこそ、ここがどこかわかって来てるわけちゃうんやな?」
「ここ? ハコって名前の村だろ?」
「せやけど違う。ほんまにわかってなさそうやから教えたるけどなぁ、ここは神扇組のシマやねん」
「シマぁ……?」
ハゲが言うには、ハンサイのギャングや盗賊ギルドたちは、各街の裏社会を支配して、シマの取り合いをしているのだとか。
例えば、この村だと神扇組のシマということになっているため、他の勢力に所属しているようなチンピラたちはここに手を出すのを避けるようになっている。
もしこの街で神扇組以外の輩が悪さをしようものなら、神扇組から誰かがすぐにやってきて、叩きのめす。
こんな小さな村に衛兵が常駐することはないため、そうやって、自警団のような活動をしているらしい。
逆に、神扇組の人員であれば、宿代が安くなったり、定期的にみかじめ料のようなものを徴収して、ギブアンドテイクを成り立たせているらしい。
そして、ここハコ村は神扇組のシマである。
定期的な見回りとして、今回はこの3馬鹿トリオが派遣されてきて、この宿に泊まっていたというわけだ。
「じゃあ、本当にたまたまなんだな?」
「せやから言うてるやろ? たまたまや! それに今回はカタギの皆さんも見てはんのに、得物出してドンパチするわけにはいかんやろ……それをお前、宿の中でいきなりおっぱじめようとしよってからに……何してくれてんねん!」
「なんで俺たちが悪いみたいな言い草なんだよ。それに、俺は拉致されたときのことをまだ許したわけじゃないんだぜ?」
「それは……! チッ、悪かったとは思っとる」
「はぁ~? ハンサイ人は謝り方を知らないのかなぁ~? あぁ~、あのときハンマーでぶっ叩かれた指がまだ痛いな~」
俺は指をさすりながら泣きマネをする。
結局、骨も折れてなかったし、次の日には痛みも引いてたけどね。
「ギャングがなに言うとんねん! 指の一本や二本、エンコ詰めたわけでもないのにおおげさちゃうか!?」
「痛かったなぁ~、それに全身の穴という穴から血も噴き出しちゃったしなぁ~、こわかったよ~お嬢~」
「うぇうぇうぇ!? トトト、トラッシュ急に大胆ですわね……! よ、よしよし~」
「あの血はお前の体質がおかしいだけや! あらためて考えたらあんなに血ぃ出るわけないやろがいっ!」
なんだか落とし所がよくわからなくなってきちまったな。
今後、危害を加えてくるわけじゃないなら、もう許してもいいんだけど、どうしたもんか……。
とっとと話を終わらせてフラウスに帰りたいな……と思い始めたそのとき、遠くから女性の悲鳴が聞こえた。




