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第5話

「デ、デデデ、デートですわね? ですわね、これ?」


「少なくともデートだったら、おっさん面した馬のケツにムチいれたくねぇよなぁ。よし、ブレイク、出発だ」


 俺は手に持ったムチでポンッとブレイクのケツをかるく叩いた。


「っしゃあぁぁーー!! イクゼッ! 全開フルスロット――」


「やめろオラァ!」


 今度は全力でケツをぶっ叩いた。


「ッスゥゥー……イッタ……痛いんですけどマジで……暴力はよくないと思います、本当によくないと思います」


「おう、じゃ、あらためてゆっくり歩けよな」


「はい、承知いたしました」


 ブレイクは普通の馬とは逆で、ムチを入れれば入れるほど速度を落とすのだ。

 ムチを入れなければ最初から最後までフルスロットルで走り続けるので、ムチでスピードを落としながら調整する必要がある。


 小走り程度のスピードで、軽快に街中を駆ける馬車。

 馬車の荷台からは、ポーションビン同士がふれあってカランカランと音をたてているが、割れるほどではないだろう。


 順調だ。


 道路の舗装はそれほど丁寧ではないので、どうしても荷台はガタガタと揺れるのだが、ツンデレクッション(大)は衝撃をうまく吸収している。

 だが、その衝撃がクッションに伝わるたびに、例の声もまた大音量で街中に垂れ流されている。


『アンタ』『アンッ』『もっと』『やめて!』『ほら、こっちに来て…』『アンッ』『変態!』『変態!』『べっ、別にアンタのためにやったわけじゃないんだからね!』『変態!』


 振動のせいでセリフが細切れに中断されてふざけたDJみたいになってやがる。

 道行く人々は足をとめて、異様なモノを見るような顔でこちらをながめている。


 お嬢は顔を見られないように顔中から花を生やして花の怪異みたいになっている。

 ブレイクは馬の頭からおっさん顔を生やして馬の怪異みたいに……いや、こいつは元からか。


 俺はどうすればいい?


 顔を隠すものがなにもない。

 無心だ。無心になるしかない

 仕事に集中しろ。


 そう、これは仕事なんだよ。

 このポーションを届けないと俺たちは借金を返せない。

 これは仕事、仕事、仕事……。


『アンッ』『変態!』『変態!』『ほら、こっちに来て…』


 これは真面目な仕事なんです。


 ほんとなんです。

 ポーションを運んでるんですよ?


 これで、誰かの命が救われる、そんな素晴らしい仕事を――


「ちょっと待たんかァ! おまえら、なにしておるか!」


「あかんか……」


 案の定、通報されて、衛兵えいへいに止められた。


「また『ゴミ箱』のとこの、お前らか……」


「旦那、勘弁してくださいよぉ。俺らなんもやってないですって! それに今、急いでるんですけど!」


「なにもしてないわけあるかぁ! 野次馬どもの顔を見てみろ。この街で長く衛兵をやっとるワシでも、これほどのドン引き顔がそろう光景なんざ見たことないわ」


 スキンヘッドで髭面のデカイおっさんが顔を真っ赤にしてぶちぎれている。

 このタコみたいなおっさんは、オクトプスという。

 衛兵は街のおまわりさんみたいなもので、本来は王都の中の民だけを気にしていればいいのだが、このオクトプスは自主的にスラム街の見回りもして治安を維持しようとしている変わり者だ。


 スラム街には、俺たちみたいなギャングだけじゃなく、金がなくて街中に住めない者や、のっぴきならない理由で仕方なく住んでいる善良な住民もたくさんいる。

 そういう人達からは、オクトプスは人気がある。

 しかし、俺たちみたいに、スラム街に住む奴らは何かしらすねに傷持つ者もまた多いので、そういう奴らには嫌われていたりする。


卑猥ひわいな声をまき散らしながら街中を練り歩くバケモノがいる、という通報があったが……」


「全面的に事実だが? でも、それの何が悪いんだ! バケモノだって必死で生きてるんだ! ほら、お嬢、怖くない怖くない、そのお花畑から出てくるんだ、さぁ早く」


「誰がバケモノですの!」


 お嬢は顔中に咲いていた花を解除した。


「オクトプスの旦那……こっちの人面馬については、実はこう見えてバケモノじゃないんだ。生まれつきこの顔でな……」


「ブレイクのこともよう知っとるから説明せんでえぇわい。というか、そいつは数時間前に果物屋の屋台を破壊した罪でしょっぴいたところだ。一日に二回も何やっとるんだ! 罰金はちゃんと返せよ?」


「大丈夫だ。あとで肉屋に新鮮な馬刺しをおろして借金の返済にあてる」


「ボスゥゥ! 馬刺しだけはやめてくれダゼ!」


 オクトプスは続いて荷台のほうを確認した。


「それで、卑猥な声というのは……その……お嬢ちゃんが?」


「違いますわよ! トラッシュがまたスキルで変なモノを出したんですの」


 そう言いながら、お嬢はクッションを指さした。


「これは?」


「旦那ァ、どっからどう見てもただのクッションじゃないですか。ただ、ちょっとばかり音が鳴るってだけの、普通のクッションです」


「音が鳴る? これか……えらくデカイな……それに質もよさそうだ……どれ、座ってみるか……」


「アッ! ちょっと座るのは――」


『変態! 最低! アンタなんて嫌い!』


「うわぁ! なんじゃ!?」


 とっさに飛びのいたオクトプスは数秒沈黙したあと、また顔を真っ赤にして怒鳴った。


「まさかこのクッションの中に女子おなごを詰めて誘拐しようとしていたかッ……! いま助ける!」


「ちょっ、違う違う! あぁっ、やめろ!」


 オクトプスが腰の剣を抜いてツンデレクッションを切り裂こうとしたため、俺はあわてて間に入って止めた。

 寸前で気づいたオクトプスが剣をとめたが、俺の腕が少し切られた。


「ぐあぁっ! 痛ぇよぉ……」


「なっ! 馬鹿もん! 急に飛び出してくる奴があるか!」


 俺は泣きながら、ツンデレクッションを腕で何度も押して無罪を主張する。


『ちょっとどこ触ってんのよ』『前から思ってたけど、アンタ』『変態!』『ほら、こっちに来て……』『アンッ』『アンッ』『アンッ』


「ほらぁ、押したら音が鳴るただのクッションなんだよぉ……女の子なんて入ってないよぉ……」


「血だらけになりながら何アホなことやっとるんじゃ! もうよいわ! それよりさっさと治療せんといかん。あいにくポーションはないから教会へ行くぞ!」


 教会は嫌だ。ぼったくりだし。

 こんなときこそエピスの作ってくれたハートポーションだろ。

 いや、でもあれ副作用があるんだったか……?


 『副作用として、隣人に親愛の情がわく』とかなんとか。


 隣人って誰だよ、親愛の情ってどんなもんだよ、という疑問は消えないが、もう痛みが限界だ。

 使うしかねぇ。


「お嬢、荷台からハートポ……げふんげふんっ! えーっと、ポーションを取ってくれ」


「トラッシュ、これですわね!? 本当に効くんですの?」


「馬鹿! よけいなこと言うなよッ。と、とりあえずこの傷にかけてくれ」


「わかりましたわ。えーっと、これどうやって開けるんでしたかしら……」


「はよせんか! 貸せいっ、ワシがやる!」


「「あっ」」


 もたついているお嬢からビンをひったくり、オクトプスがポーションを俺の腕にぶっかけた。

 次の瞬間、すぐさま腕の傷はふさがり、痛みも消えた。


 すげぇ! っていうか、ヤベェ。


 こんな回復力のポーションみたことねぇぞ。

 治癒魔法でも、ここまではやくねぇだろうし。

 あきらかに既存のものとは性能が違いすぎる……!


 長年、現場で働いているせいか、オクトプスの旦那は妙に勘が良いんだよなぁ……これヤバいブツだってバレるんじゃ……。

 俺はチラりと旦那の顔色をうかがった。

 するとそこには、イケメンがいた。


「ひゃだッ……オ、オクトプス様……」


「さま? な、なんちゅう顔しとんじゃお前……顔が赤いぞ」


 ヤバい。これは確実に副作用だろ!?

 タコみたいなむさ苦しい旦那のことを、俺は……俺は……。


「うおぁあああああぁぁ!!!!」


「なんじゃぁ!? 痛いんか、大丈夫か?」


 俺は胸にわきあがってくる妙な気持ちを大声でかき消した。

 マズイマズイマズイ。

 ダブルでまずい。


 副作用もまずいし、回復力の強さがバレてもまずい。


「それにしても、なんだその回復力は? もう傷が跡形あとかたもないではないか。まさか、このポーションは……」


「いや~~~!! 傷が浅かったんじゃないっすかねぇ!? それに、そのポーションも、俺たちはただ運んでるだけですからぁ!? ちょっとどういったポーションなのかは存じませんねぇ! 高級品なんじゃないっすかァ!? あーあ! 高級なのに使っちまって、俺、お客さんに怒られちゃうな~~! 旦那ァ、どうしてくれるんっすか!? 責任とって俺と結婚してくれるんっすか!?」


「結婚!? さっきから様子が変だぞお前! やっぱり教会に……」


「へ、変じゃないし! 別にアンタのことなんか好きじゃないんだからねッ! ぐっ……クソッ……そ、それに、こんなとこで時間くっちゃってさぁ! こんな良いポーションを届けないといけないってことは、お客さんも急いでるんじゃないかな~、急患が待ってるんじゃないかなー!! こっちは人命がかかってるんっすよ!? まいっちゃうなぁまったく――」


「わ、わかった、わかったから、とにかくもう変なことはするんじゃないぞ! 騒いでないで、はよ行け!」


「よしっ、お嬢、乗れ! ブレイク、行くぞ!」


 俺たちは、すたこらさっさと逃げおおせた。



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