第48話
特急人面馬車ブレイク号は、ロンド伯爵領をひた走っていた。
王都を出たあと、いくつかの貴族領をこえてたどりついたここロンド領は、古くからフラウスの国境を堅実に守り続けているロンド伯爵がおさめている。
「もうすぐハンサイとの国境ですわ。ハンサイって、どんな国なんですの?」
「お嬢みたいなしゃべり方のおっさんがいっぱいいる国だよ」
「まぁ、さぞお上品なのでしょうね……楽しみですわぁ」
クソッ、『翻訳』スキルの悪影響でお嬢のしゃべり方まで関西弁に聞こえてくるぜ。
これから関西弁とハンサイ弁とお嬢弁が入り交じった世界に突入するんだろ?
頭がおかしくなりそうだ。
馬車の御者席は無人で、馬車の中には俺、フラウ、そしてタンテの3人がいる。
ブレイクは御者がいなくても勝手に突っ走ってくれるのは楽だ。
大きめの馬車ではあるが、食料とかも積んでいるのでスペースの余裕はあまりない。
発育不良でチビっ子のタンテと、幼稚園児みたいな水色ワンピースを着たお嬢は窓から見える景色を眺めてテンションがあがっている。
二人を見ていると、マジで遊びにきたような気分になってくるからボスである俺がしっかりしなくちゃならねぇんだが、かくいう俺も少し浮かれている。
「はやくパコ焼き食いてぇな……」
「パコ焼きってなんなの、ボス?」
「タンテは食ったことないのか。丸っこい粉物の食べ物で、中にオクトパコが入ってる」
「オクトパコ!? あのうねうねしたハゲてる魔物だよね? アレって食べれるんだ……」
ハゲではないだろ。
オクトパコはタコみたいな魔物でハンサイの海に生息している。
ハンサイの人間はよく捕って食べているらしい。
フラウスも海に面しているのでオクトパコを捕ることは可能だが、見た目に抵抗感があるせいかフラウス人は好んで食べない。
ハンサイへ入る道には関所がもうけられていた。
石造りの小さな建物が道の右側と左側にひとつずつある。
右側はハンサイの衛兵が、左側にはフラウスの衛兵が常駐している。
ハンサイに入るときはハンサイの衛兵と手続きをし、フラウスへ入るときは逆側にいるフラウスの衛兵と手続きをするというわけだ。
今回はハンサイへ入るので右側の建物へ近づいていく。
そこには着物に似たラフな服装をしている衛兵が3人いた。
槍を手に持ち、こちらを見る目つきは鋭い。
目つきが鋭いと感じるのは顔立ちのせいもあるかもしれない。
フラウス人はどちらかというと前世の白人っぽい顔で、ハンサイ人は少しだけアジアっぽい雰囲気が混じった顔つきの人が多い。
日本人だった俺からしたら、ハンサイ人のほうに親近感がわく。
「止まれ。お前ら、なにもんや?」
「フラウスのギルドに所属してる」
俺は馬車から降りて、ギルドタグを手渡す。
衛兵は、ブレイクの顔に少しビビりながらも、俺のタグを受け取った。
「大丈夫、こいつは噛んだりしない。むしろ普通の馬より頭がいいんだ」
「あたりまえダゼ、人間だからな」
「しゃべった!? なんやこいつ!?」
「ややこしいから喋るな、ブレイク。それより衛兵さん、タグはもう確認しただろ? 入っていいかい?」
「チッ、黒タグやんけ。ロクでもないのぅ……これでも通さなアカンのか。全部ごっちゃにして許可出すとか、やっぱフラウスの連中イカれとるやろ……」
俺もそう思う。
フラウスでは表の仕事も裏の仕事もひとつのギルドで取り扱うという、乱暴極まりない統治方法を採用しているが、他国ではほとんどそんな制度は採用されていない。
ハンサイでは、健全な冒険者ギルドと裏仕事をする暗殺ギルドや盗賊ギルドは分かれているので、フラウスの黒タグギルダーなんて心情としては受け入れられないだろう。
だが、国同士の決まりで、通行を許可せざるをえない。
ここにハンサイ人の衛兵しかいなければ、もう少しネチネチいちゃもんでもつけられて足止めをくらったかもしれないが、こういうときのために対面にフラウスの建物がある。
俺がチラリとフラウスの衛兵に目をやると、彼らもまたこちらを観察しているようだった。衛兵同士が、お互いに不正などをしないように見張り合っているという仕組みだ。
もっとも、国同士の仲は良好なので、よっぽどあからさまな不正でもしなければ、ここでトラブることはないだろう。
舌打ちをしたハンサイの衛兵はタグを俺に返却し、
「入国目的はなんや?」
「あー、仲間がそっちで捕まっちまってな。引き取りにきたんだ」
「おい、やっぱロクでもないやんけ! ほんま腹立つわぁ……もうええから、さっさと行き」
「おおきに~」
俺の似非ハンサイ弁にキレた衛兵たちの怒号を聞きながらも、入国はとりあえず成功した。
国境を越えた後、さらにいくつかの小さな村を通過し、ようやく今回の目的地であるウエスコという街までたどり着いた。
この街にゴルちゃんが捕らえられている。
「大きな街ですわねぇ。それにしても、お家もお洋服もフラウスと全然違うんですのね」
「フラウスは背の高い家もわりとあるけど、こっちはあまり高さがなくて横に広い家が多いな。木が多めに使われていてちょっと古くさく見えるけど、好みの問題だろう」
俺からするとハンサイ人の着ている服も住んでいる家も、和風というか中華風というか、なじみのある風景だった。
フラウスではほとんど見られない黒い瓦屋根がお嬢やタンテにとっては珍しいようだ。
フラウスのほうが発展しているが、そこまで文明に差は無い。
そういう点では、この前いざこざのあったエングランドはフラウスよりも一歩先んじているだろう。
まだ電気は使われていないし、今後も使われないかもしれないが、もし電気を第一に利用しはじめる国があるとしたらエングランドじゃないだろうか。
「なんだか、変なにおいがするね?」
においに敏感なタンテは気づいたようだ。
「これはパコ焼きとかにかける黒ソースのにおいだな。ハンサイのやつらはなんにでも黒ソースをかけるらしい。知らんけど」
「へ-、あとで食べようよボス!」
「おう、とりあえずゴルちゃんを解放してからだな」
街の奥へ行くと、武家屋敷のような大きな敷地があり、そこが衛兵の詰め所となっていた。
門番に事情を説明すると、
「あぁ、あのカマ野郎の仲間か。さっさと連れて帰ってくれ。キモいねん」
「まぁ、衛兵のくせにお口が悪いですわね!」
「なんやぁ? かわいい嬢ちゃんやと思ったけど、なめとったら承知せんど!?」
ゴルちゃんへの悪口に反応するお嬢。
俺は「仕方ねぇな」とぼやきながら無理やり門番の手に銀貨を握らせた。
「まぁまぁ、旦那、これくらいあれば後で酒でも飲めるか? うちのが悪かったな」
「おぉん? おぉ……あんたが大将か、さすがにわきまえとるな。ほら、さっさと入れ」
まだプリプリ怒っているお嬢の背中を押しながら、俺とタンテも中へ入っていった。ブレイクはさすがに外で待機だ。
「もう、トラッシュは悔しくないんですの、あんな言い方されてっ」
「俺だって言い返してやりたかったが、この程度でいちいち喧嘩してたらキリがねぇだろ。早く終わらせて帰ろうぜ」
案内人に連れられてたどり着いたのは牢屋だった。
案内人は、牢屋の監視をしていた衛兵に事情を話しはじめた。
檻の向こうでは何人かの囚人たちが捕らえられている。
その中でも、ひときわ目立つ男がいた。
浅黒い肌に銀髪のベリーショート。
ぴっちりとしたシャツと革パンツをはいており、その下にはほどよく筋肉のついた体が押し込まれている。
地面に座り込んでうなだれていたその男は俺たちの姿を見つけると、喜色満面の笑みを浮かべて飛び上がった。
「トラちゃま! 迎えに来てくれたのね!? さすがアタシの王子様!」
「ゴルちゃん、勘弁してくれよ……」




