第38話
「ほれほれほれェ! ちゃんと避けや? みじん切りになってまうでぇ!」
暴風をまき散らしながらティーチャーとの距離をあけたドクソンは、舞踊でもしているかのように神扇を上下左右へと振り回しはじめた。
その動きに合わせて、乱れ飛ぶ風の刃。
ティーチャーは必要最低限の動きで不可視の刃を避けていく。
避けきれないものだけ手に持つ黒い棒で打ち砕いていく。
「避けや、ゆうてホンマに全部避けるやつがあるかいな! それになんやぁその武器? アダマンタイトでも切れるはずやのに、傷ひとつついてへんやんけェ!」
ひとりで喋り続けるドクソンに対して、ティーチャーは無言のまま圧を強めていく。
一歩また一歩と二人の距離が近くなっていく。
「クッソ硬いやんけ、ムッツリクソデカガチガチ女がボケコラァ!」
ドクソンがひどい暴言を吐きながら、神扇をさらに巨大化した。
そして、サーフィンのように神扇の上に乗ったかと思うと、紙のように軽やかに上空へと舞い上がっていく。
神扇の上に立ち、空中で風の波に乗るように、ドクソンはそのまま中に浮いていた。
「ハッハー! ここまで来れるか姉ちゃん? その重そうな体やとムリやろなァ!」
「……重くない」
ティーチャー……ひさしぶりに喋ったと思ったら、そこに反応するんだ。乙女だな。
確かに背も高いし下半身もたくましいけど、デブでもないし筋肉ムキムキでもないし、気にすることはないだろうに。
ティーチャーはドクソンの暴言にショックでも受けたかのように、片膝をついてしゃがみ込んだ。
かと思うと、すぐさまジャンプして空高く跳びあがった。
大砲から射出されたのかと思うくらいのスピードでドクソンにつっこんでいく。
「なんやぁ!?」
「……おしい」
思わず神扇から落ちそうになりながらもティーチャーの突撃をかわしたドクソンは、
「オンドレ、どんな人体構造しとんねん! ほんまに人間かァ!?」
と叫びながら急降下する。
自由落下していくティーチャーに神扇ごと突っ込んでいき追撃を試みたが、『神のヒゲ』にかち上げられてまた上空へ戻っていった。
そこからは一進一退。
空と地面をいったりきたりしながら戦う二人に付き合ってられないと思った俺はアダマンタウロスの死体の様子を見に行った。
「アダマンタウロスってうまいのかな? ティーチャーが食うつもりだったんだからうまいんだろうな」
食うならちゃんと血抜きをしたほうがいいだろう。
一応、魔物の討伐依頼を受けることもあるので解体用のナイフくらいは持ち歩いている。
が、当然、こんな硬そうな素材に俺の持ってるしょぼいナイフでたちうちできるわけがなかった。
刃こぼれする前にあきらめた俺は、とりあえずバーベキュー用の網を用意することにした。
――――――――――――――――
アパシリ監獄の網
囚人番号334が脱獄時に切り抜いた網
頑丈で熱にも強い
無実の罪がありましょうか
罪から事実が生まれるのです
――――――――――――――――
『ゴミ箱』に入ってた。
ちゃんと洗って、野営時に何度か利用しているので汚くはない。
これ、バーベキューにちょうどいいサイズなんだ。
草原を歩き回り、手頃なサイズの石を集めて土台にし、その上にアパシリ監獄の網を乗っければ焼き場は完成。
ちょっと休憩した後、ふたたび草原を歩き回り、枯れた葉っぱと枯れ枝も集めた。
枯れて倒れた木も引きずって来たので、これを切ったり割ったりすれば薪も十分だ。
あとは……。
俺は嫌々ながら『ゴミ箱』からメガホンを取り出した。
――――――――――――――――
覚醒器
声を極大まで大きくするメガホン
百年の眠りもさめると言われている
使用者の鼓膜は破壊される
まどろみに沈むうたたねは
かつ消えかつ結びて
――――――――――――――――
使用者の鼓膜は破壊されるって……使いたくねぇ~~。
けど、そろそろ止めないと殺し合いに発展しそうだし、やるしかないか。
俺は覚醒器で、いまだに戦闘中のふたりへ呼びかけた。
「コラー! ドクちゃん、ティーちゃん! いつまで喧嘩してんの! もうご飯の時間よ! 降りてらっしゃい!」
キィーンという音が聞こえる。
いや、聞こえていないのか。もう耳がイカれてる。
蚊取り線香にやられた蚊みたいにへろへろと墜落したドクソンと、腰が抜けたようにその場にしゃがみ込んだティーチャーは、二人そろってこちらを見ていた。
まるで化物を見るような目をしている。
いやいや、化物はあんたらですからね?
ズカズカとこちらへ歩いてくる二人を見つめながら、俺はハートポーションをグビっと飲んだ。
耳がじわじわと回復していく感触があった。
「あー、あーあーあー。聞こえてる? これ聞こえてんのか? なんか喋ってくれドクソン」
「おま……お前ぇ……なんちゅうことしてくれたんや! 耳イカれるか思たわ!」
「おー、聞こえるわ」
「……トラッシュはやっぱりすごいね。おかしいね」
「おぉ、ティーチャーも耳だいじょうぶか? てか頭だいじょうぶ? おかしいのはお前らだからね!?」
ハートポーションの副作用、好き好きモードに入る前に俺はぎゅっと目をつむって、その場に座り込んだ。
「トラッシュ……! だいじょうぶ?」
ティーチャーが俺の体を支えた。戦闘後の熱い体温が伝わってくる。
グッ……それだけで好きになっちまう! 離れてくれ……!
「あー、大丈夫だから。ちょっと疲れただけだよ。それより、ふたりともアダマンタウロスの下処理と薪の準備を頼む。そしたらバーベキューを始められる」
「トラちゃんはやっぱイカれてんなぁ……。この状況でほんまに昼飯の準備しとったんか。ほいで、肉の処理までワイに押しつけるとか、今日日ワイに向かってそんなナメたことぬかっしょんのオンドレしかおらんでほんまに」
「だって腹減ったもん! お前らも腹が減っててイライラしちゃったんだろ!? だから喧嘩なんてするんだよ!」
「は~、なんかアホくさなってったわ。おい、やるでデカ女」
「……デカくない」
呆れながらもアダマンタウロスの処理をはじめてくれたふたりの背を見た俺は、ひそかに胸をなでおろした。
ドクソンは神扇でアダマンタウロスの首を切り落とした。
ティーチャーは首無し状態のアダマンタウロスの足を持って俺たちから離れていく。
まさか持ち逃げか?
と思うくらい離れた場所で立ち止まったかと思うと、おもむろに彼女はジャイアントスイングを始めた。
遠心力によって、アダマンタウロスの首から血が放出されていく。
あぁ、俺たちに血がかからないように配慮してくれたのね。
しっかり血抜きした肉を意外と繊細な扇子さばきで切り分けていくドクソン。
その間、ティーチャーは薪割りをしてくれた。
黒い棒を木に叩きつけて粉砕していく。
ドクソンとは対照的におおざっぱすぎる。
打ち砕かれた木は燃やしやすそうなサイズになっているので問題ないだろう。
「いただきま~す」
「おぉ、焼いただけでもうまいやん」
「……おいしいね」
しばし無言で肉を焼きまくり食いまくる俺たち。
この肉……とんでもねぇな……。
脂の甘味と、それに負けない肉本来の肉肉しいうまみ!
ほどよい弾力を口の中で味わっているうちに、いつの間にかノドの奥へ消えていく。
「いままで食べた肉のなかで一番うまいわ……ティーチャーは俺にこれを食べさせたかったのね。ありがとう」
「……うん」
おっ、超絶めずらしいティーチャーの笑顔、いただきました。
ほんの少しあがった口角を見逃さなかったぜ、俺は。
「トラちゃん!? 肉切り分けたんはワイやで!? そもそも、そこの撲殺するしか能のない女だけやったら肉食う所までたどり着けへんやろ。どうやって食うつもりやったんや?」
「そういえばそうだな……どうするつもりだったんだティーチャー?」
「……手で引きちぎる」
「「アカーン!」」
肉への冒涜だろうが、それは。
一般人である俺が腹パンになった後も、ドクソンとティーチャーは食い続けた。
ついには牛一頭ぶんの肉がまるまる二人の腹の中へ消えてしまった。
物理的におかしいだろ。胃の中に濃硫酸とか分泌されてる?
「はぁ、食ったな。ごちそうさまでした。あれ? そういえばドクソンは、なんでこんなところまで来たんだ? ハンサイからここまで結構あるだろ?」
「せや! その話をせなアカンかったわ! なんでこんなところまで来たんだ~、やと? それはこっちのセリフじゃボケェ!」
「え、えぇ? そういえば、ここってどこなの? 俺はティーチャーに拉致られただけなんだけど」
「……知らない。肉のおいしい場所としか」
食いしん坊か。
「アホォ! ここはもうハンサイの領土や! なんでオドレら許可なくハンサイの国境ぶち抜いとんねん! てっきり抗争か戦争でも始まるんか思て様子見に来たのに……そもそもよくわかってへんかったんかいな」
「ティーチャ!?」
「……」
ドクソンにはアダマンタウロスの皮や角など、肉以外のすべてを献上することと引き換えに、このことは国に黙っておいてもらうことになった。
「うまい肉とトラちゃんの顔に免じて今回は許したるけど、もう二度とやんなや? ほんまもんの抗争になったら『神のゴミ箱』なんか3秒で全滅やからなぁ。そんなん悲しいやろ……?」
「わわわ、わかってるってば。本当に恩に着る! この恩はいつかかならず返す……ティーチャーがな」
「……え?」
「ハハッ! デカ女もトラちゃんも、これは貸しひとつやからなァ? 覚えとけよ?」
ヤクザの貸しひとつは一番たちが悪いよな。
俺はさっき食った肉の味も忘れるくらいに後味の悪さを抱えながら、帰路についた。
帰りはティーチャーに肩車してもらいながら、少しゆっくり帰った。




